青空文庫

「高村光太郎」の作品

高村光太郎

たかむらこうたろう

生年:1883-03-13没年:1956-04-02

道程

どうてい

初出:「美の廢墟第六號」美の廢墟社、1914(大正3)年3月5日

4
2022/05/06

cdd6f53e9284さんの感想

いやに長い「道程」だな、と思いながら読んだ。 ふむふむ、なるほど。 しかし、それにしても長すぎるんじゃないのか、これ。 読み終えてから、改めて中央公論社版の「日本の文学 17」を引っ張り出し、広げてみて驚いた。 まさに、「なんだ、こりゃ」だ。 中央公論社版の「日本の文学」に掲載されている「道程」は、最初の数行と最後の数行を残しただけの、実に簡略なものに改変された詩になっている。 全部でたった9行だ。 いや、これはもはや、改変なんてものじゃなく、ただの抹消というべきものだが、そうはいっても、その抹消が、日本国民の誰もが口ずさめるほどの卓越したフレーズに繋がったわけなのだから、ゆめゆめ軽んずることなど出来はしないが、元の冗長な詩を知ってしまったら、この削除は異常な感じがしてならない。 これじやあ、まさにヒステリー的な削除と勘ぐられても仕方ない。 この詩の感想を書いてた人の中に「父」を「自然」と読み替えて解釈している人がいたが、むしろ、自分は読み替える必要などない、まさに父親そのものを指していると考えている。 父·高村光雲は、江戸下町の寺社関係の彫刻師で、いわば職人の出、維新の廃仏毀釈のために一時仕事がなくなったが、時勢の奇妙な巡り合わせで芸術家になってしまった人だ。 その息子が高村光太郎で、お陰で恵まれた環境で育ち、生活の苦労も知らず、なに不自由なく育った御曹司だ。 だから、光太郎のやること為すこと常人には計り知れないような突飛なものがあって、たぶん、そういうところが芸術家に向いていたのだろう。 光太郎は父親の財力のお陰で洋行して見聞を広め、箔もつけたが、生活者としての自立はできなかった。 かなりの年齢まで、親から金の面倒をみてもらっていた。 そのくせ、自分の詩を雑誌に投稿する時には、雑誌協力料みたいなものを同封しているのだから、生活者として感覚のズレたるや甚だしいものがあることは本人も十分に分かっていて、そのズレを詩を書くことで埋め合わせ誤魔化した。 それら詩を、まとめて出版するさいに整理しなければならなかったのが、あの「道程」の削除した雑言の部分だ。 父親が亡くなるまでその影響下にあったくさぐさの思いを直裁に語ることが憚られた抽象化が、詩文に向いていたともいえる。 そういう父親に頭の上がらないような男との同棲が、如何なるストレスだったか、智恵子の「神経」に聞くすべは、最早ない。

正と譎と

せいとけつと

初出:「アトリエ 第九巻第一号」1932(昭和7)年1月1日

2
2021/10/18

decc031a3fabさんの感想

譎の本来の意味は偽る、騙す、欺くなど。この文では意匠に急なるものとしている。装飾に工夫を凝らすと言うから、決してこの作者は悪い意味に用いていない。 ピカソは譎によって新境地を拓いていくけど、その出発は頭脳の命令として、隙がないと評して、その対角としてマチスに代表される野獣派で有名になったけど、正の表現に回帰してきたようなドランを例に挙げ、マチスを起点に2直角を成すのはピカソとドランと上げたんだな。 さらに現代画会に偉大無しとは、この文が掲載された昭和6〜7年時には、まだピカソもドランもバリバリ活躍中だったから、敢えてこう書いたんだろうな。

〔私は美術のことに〕

初出:「令女界 第十八巻第十二号」宝文社、1939(昭和14)年12月1日

1

永遠の感覚

えいえんのかんかく

初出:「知性 第四巻第一号」、1941(昭和16)年1月1日

6
2020/04/25

いちにいさんの感想

芸術における永遠性とは何か?を考えている。芸術はいつか朽ちるので永遠性は否定される。しかし、感覚として捉える上では永遠でもあり得るとする。源氏物語以上の作品が当時存在していたかは後世の者では感覚としても捉えられない。それは想像である。芸術の永遠性は無形の伝承文学やお伽噺のような継続性の中に見出だせると私は考える。

美の影響力

びのえいきょうりょく

初出:「文芸 第九巻第二号」改造社、1941(昭和16)年2月1日

4
2022/06/20

d22a76c3beb1さんの感想

日々目先に捕らわれず、少しでも毎日自分と向き合う時間を持つようにしようと考えさせられました。どうしても人は、自身も含め楽な方(深く考えず上辺だけを流して見る)へ向きがちだから。

本邦肖像彫刻技法の推移

ほんぽうしょうぞうちょうこくぎほうのすいい

初出:「道統 第四巻第十号」1941(昭和16)年11月1日

13

唐招提寺木彫如来形像

とうしょうだいじもくちょうにょらいぎょうぞう

初出:「日本美術の鑑賞 古代篇」帝国教育会出版部、1942(昭和17)年6月20日

1

書の深淵

しょのしんえん

初出:「国立博物館ニュース 第七十七号」1953(昭和28)年10月1日

3
2022/06/20

d22a76c3beb1さんの感想

形で捉えるか、目で読むか。入り口が違うだけで物事の取扱いが変わってくる気がする。

古代エジプトの作品

こだいエジプトのさくひん

初出:「世界美術全集 B 第4卷」平凡社、1953(昭和28)年9月5日

5
2022/04/08

cdd6f53e9284さんの感想

1953年に平凡社から出版された「世界美術全集」中のエジプトの彫像に対する解説だそうだが、最後の「書記坐像」の感想を読んで、いままで自分が認識していたものとだいぶ違うので、少しばかり違和感を覚えた。 高村光太郎が、本当にこう言ったのだろうか。 いやいや、もしかしたら「書記坐像」とはいっても、エジプトで発掘されたものは、幾つかの種類があって、ここで高村光太郎が解説しているのはそのうちのひとつで、自分がイメージしているものとは、また別のものなのではないかと思い、ネット検索してみた。 なるほど、古代エジプトの彫像で、「書記坐像」といえば、やはり全身を褐色に塗られた坊主頭のこの像しかないということか。 自分が見たのには、「ルーブルの書記」❮ルーブル美術館蔵❯と名付けられていて、第五王朝期のもので、石灰岩彩色、高さ53センチ、サッカーラ出土とあり、解説にはこうあった。 ❮官僚機構が発達した当時の社会にあって、書記(古代エジプト語でセシュ)の職につくものは、最高級のエリートたちであった。 そこで、書記の姿を借りることによって、自己の卓越した能力を示そうとした。 あぐらをかいた膝の上にパピルスの巻物を広げ、右手にもった葦のペンで筆記しようとしている。 足の部分が、上半身に比べて大きく作られており、この像に安定感を与えている。 銅の枠の中に、アラバスターや水晶、黒石などを嵌め込んで作られた正面を凝視する目が印象的である。 1850年にマリエットにより発見されたもので、州長官であったカイという人物の像である。❯ まあ、だいたい、これが自分が持っていた印象なのだから、光太郎がいっている、いわゆる「悪印象」など入る余地などあるわけなかったので、なおさら驚いたのだと思う。 とにかく、こうだ。 ❮この書記像の的確さは不気味である。 ある権威に従属する者の小心さ、忠実さ、卑屈さ、狡猾さ、冷酷さというような内面の諸性質が、形態を通して実に生き生きと表現されていて、見るものが思わずひやりとするほどである。 全体のがっしりとした安定感はこの男の持つ職務意識の強さを物語り、顔面骨相の品格に乏しい鋭い小人物的個性は迫真を通り越し、横向きはことに暴露的である。❯ なるほど、こうして筆写してみると、あながち貶しているわけではなくて、むしろ、リアリティーを褒めていることがわかりました。

土門拳写真集「風貌」推薦文

どもんけんしゃしんしゅう「ふうぼう」すいせんぶん

初出:「土門拳寫眞集『風貌』内容見本」アルス、1953(昭和28)年3月

1
2021/09/25

decc031a3fabさんの感想

書く方にも、書かれる方にも、常人の感覚から上を行くものを感じる。そしてまだ彼はこんなものでは無い、とも。

書をみるたのしさ

しょをみるたのしさ

初出:「書道全集 内容見本」平凡社、1954(昭和29)年3月

1

〔いつたん此世に〕 

初出:「キング 第三十巻第一号」1954(昭和29)年1月1日

1

十和田湖の裸像に与ふ

とわだこのらぞうにあたう

初出:「婦人公論 第三十八巻第一号」中央公論社、1954(昭和29)年1月1日(公立図書館の蔵書検索では「第三十九巻第一号」に修正されている)

1
2025/07/25

艚埜臚羇1941さんの感想

  数十年前に この湖畔で 裸像の 実物を 見たことが あるけど 今でも その 美しさは 鮮明に 記憶に 残っている。造形家の 技の 永遠なる 企みと いうものには 驚嘆(きょうたん」する。彫像は 銅と 錫の 合金製で 在るから これからも 原始林の 圧力に 耐えて 長く 存在感を 主張するであろう。像も きたるべき 地震に 負けないことを 願う。

山の秋

やまのあき

初出:不明

19
2020/04/17

245f21dfaaeaさんの感想

山村の暮らしが、とても生き生きと書かれていました。自然の恵みや、風情が伝わり、心の豊かさがありました。 それは、令和では望めないものではないか、と、悲観したりもします。でも、それは一種の発展でもあるのか?

山の春

やまのはる

初出:不明

10
2024/04/11

19双之川喜41さんの感想

 わらび(蕨)は 採って 直ぐに 根を 焼かないと 硬くなると いう。塩水の 助けを 借りて 丁寧に 仕上げて置くと 正月頃になっても 歯切れの良い 蕨の 漬け物が 食べられる。また 頬白(ほおじろ)は 朝早くから 一筆計上仕候(いっぴつけいじょうつかまつりそうろう)という 鳴き為し とおりに 忙しそうである。その土地に長く 住んで見ないと 知り得ない 事象に 心和むと 想った。 

山の雪

やまのゆき

初出:不明

11
2019/10/28

19双之川喜41さんの感想

 数ヶ月も山にこもっていると  人に会いたくなり 高じると  人でなくても良いから 何か 生き物にでも 会いたくなるという。 土鼠▫ 啄木鳥▫ 兎 ▫ネズミの足跡は 切手のミシン目のようであると言う。 何を食べて暮らしていたのか  お節介ながら 気になってしまうと思った。

回想録

かいそうろく

初出:不明

93
2017/05/31

b9ef941530ccさんの感想

高村光太郎の回想録は、彫刻家としての自分の生いたち、父祖父の仏像掘り師としての家系の流れの中で自分は育ち、彫刻家としての腕を研いてきた。高村光太郎は天平時代ぼ仏像についてみふれており、彫刻家としての心構えを自らに言い聞かせている。

(私はさきごろ)

(わたしはさきごろ)

初出:不明

4
2025/07/23

艚埜臚羇1941さんの感想

  光太郎は 絵画の大作は 宗教心から 生まれたものとは限らず 自分の 内なる信念から 生まれたとの 見立てを述べる。応用の効く視点と感じた。

かお

初出:不明

2
2018/09/10

いちにいさんの感想

確かに、顔からFirst impressionを受ける。怖い顔、優しい顔、無表情、悲しい顔、これらは表情だが、強面か弱々しい顔かは生まれつきだ。イケメン、美人などは矢張り得だと思う。同じ事をするにも許される者と許されざる者がいる。彼らは許されるのだ。彼らは妬み嫉みの対象にはなるが、総じて、ゲスやブスより遥かに優位だ。(もっとも、高村は醜悪な顔にも美しさがあると世間体を気にしたフォローをしているが、限界はある。)釈迦やキリストが不細工では信者は信仰を止めるだろう。弥勒菩薩の美しさは顔。

九代目団十郎の首

くだいめだんじゅうろうのくび

初出:不明

5
2015/11/19

a5ac6a3c331fさんの感想

芸術家の専門的な見方を説いておられるが、とても解りやすく 愉しく読めました。 ミーハーな私は、さっそくインターネットで 写真をみて 成る程と感心しました。

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