青空文庫

「牧野信一」の作品

牧野信一

まきのしんいち

生年:1896-11-12没年:1936-03-24

自然主義的な私小説の傍流としてみなされることが多く、17年間の作家生活の中で珠玉の短編十数編を残して早逝したマイナー・ポエトといわれている。「ギリシャ牧野」とも呼ばれた中期の幻想的な作品で新境地を拓いたが、最後は小田原の生家で悲劇的な縊死自殺を遂げた。享年39歳

via: ウィキペディア
作品数:343

大正〜昭和初期 / 自然主義

神奈川県小田原早稲田大学島崎藤村文科誌幻想文学自然主義私小説縊死自殺

牧野信一(1896年11月12日-1936年3月24日)は、神奈川県小田原出身の日本小説家。早稲田大学卒業後、1919年に同人誌『十三人』を創刊し、『爪』で島崎藤村に認められ、文壇デビューを果たす。1924年には『父を売る子』などの私小説で注目され、1931年に『文科』を主催し幻想的な作品群(『ゼーロン』『バラルダ物語』)を発表。代表作には『鬼涙村』や『裸虫抄』がある。精神的に不安定になり、193…

〔編輯余話〕

〔へんしゅうよわ〕

初出:入社の辞〔『少女』〕「少女 第八十一号(鳩ちやん号 九月号)」時事新報社、1919(大正8)年8月6日、入社の辞〔『少年』〕「少年 第一九三号(平和記念号 九月号)」時事新報社、1919(大正8)年8月8日、銀座の月「少年 第一九四号(月世界探検号 十月号)」時事新報社、1919(大正8)年9月8日、夜と孔雀「少女 第八十五号(新年号)」時事新報社、1919(大正8)年12月6日、音楽家「少女 第八十六号(二月号)」時事新報社、1920(大正9)年1月6日、楽天家の悲観「少女 第八十七号(三月号)」時事新報社、1920(大正9)年2月6日、歌ひませう「少女 第八十八号(四月号)」時事新報社、1920(大正9)年3月6日、春の心「少女 第八十九号(五月号)」時事新報社、1920(大正9)年4月6日、ゆく春「少女 第九十号(六月号)」時事新報社、1920(大正9)年5月6日、初夏「少女 第九十一号(七月号)」時事新報社、1920(大正9)年6月6日、困つた話「少女 第九十三号(九月号)」時事新報社、1920(大正9)年8月6日、秋の野辺へ「少女 第九十五号(十一月号)」時事新報社、1920(大正9)年10月6日、当二歳「少女 第九十六号(十二月号)」時事新報社、1920(大正9)年11月6日、春の自慢話「少女 第九十七号(新年号)」時事新報社、1920(大正9)年12月6日、又も自分の話「少女 第九十八号(玉椿号 二月号)」時事新報社、1921(大正10)年1月6日、夢をのせて「少女 第九十九号(つみくさ号 三月号)」時事新報社、1921(大正10)年2月6日、春は嬉しい「少女 第一〇〇号(記念増大号 四月号)」時事新報社、1921(大正10)年3月6日、〔無題〕「少年 第二一四号(日英同盟号 六月号)」時事新報社、1921(大正10)年5月8日    相撲「少年 第二一五号(伝説物語号 七月号)」時事新報社、1921(大正10)年6月8日、山口君を送る「少年 第二一六号(夏期特別号 八月号)」時事新報社、1921(大正10)年7月8日、〔無題〕「少女 第一〇四号(思出の巻 八月号)」時事新報社、1921(大正10)年7月8日    山か海か「少年 第二一七号(御渡欧記念号 九月号)」時事新報社、1921(大正10)年8月8日、遭難「少女 第一〇五号(御渡欧記念の巻 九月号)」時事新報社、1921(大正10)年8月8日、秋近し「少年 第二一八号(東宮奉迎号 十月号)」時事新報社、1921(大正10)年9月8日、非カゲ弁慶「少女 第一〇六号(コスモスの巻 十月号)」時事新報社、1921(大正10)年9月8日、沈黙の七路「少年 第二一九号(晩秋号 十一月号)」時事新報社、1921(大正10)年10月8日、私に送られた詩「少女 第一〇七号(秋草の巻 十一月号)」時事新報社、1921(大正10)年10月8日、御見舞御礼「少年 第二二〇号(読者文藝号 十二月号)」時事新報社、1921(大正10)年11月8日、お詫びのこと「少女 第一〇八号(時雨の巻 十二月号)」時事新報社、1921(大正10)年11月8日、大演習「少年 第二二一号(新年号)」時事新報社、1921(大正10)年12月8日、お伽噺「少女 第一〇九号(新年号)」時事新報社、1921(大正10)年12月8日、頭かきか記「少年 第二二五号(五月号)」時事新報社、1922(大正11)年4月8日、小田原より「少女 第一一三号(皐月の巻 五月号)」時事新報社、1922(大正11)年4月8日、或る夕方「少女  第一一四号(水無月の巻 六月号)」時事新報社、1922(大正11)年5月8日、風かほる頃「少年 第二二七号(七月号)」時事新報社、1922(大正11)年6月8日、元気回復「少女 第一一五号(文月の巻 七月号)」時事新報社、1922(大正11)年6月8日

43

秋雨の絶間

あきさめのたえま

初出:「少女 第八十一号(鳩ちやん号 九月号)」時事新報社、1919(大正8)年8月6日

7

悲しき項羽

かなしきこうう

初出:「少年 第一九三号(平和記念号 九月号)」時事新報社、1919(大正8)年8月8日

6

月下のマラソン

げっかのマラソン

初出:「少年 第一九四号(月世界探検号 十月号)」時事新報社、1919(大正8)年9月8日

7

蘭丸の絵

らんまるのえ

初出:「少年 第一九六号(豊年号 十二月号)」時事新報社、1919(大正8)年11月8日

7
2022/02/08

19双之川喜41さんの感想

 小道具で 歓心を かうのも なかなか 仕込みが 大変で 蘭丸の写し絵を どこで入手したかは 秘密なのである。器械体操のような 鉄棒に 熱中しており なびかなかった 僕は あえなく 陥落し 転写に 耽る。妙なものに 熱中してしまうのは 思い出しても 何故なのかは さっぱり 分からない。

つめ

初出:「十三人 第一巻第二号(十二月号)」十三人社、1919(大正8)年12月1日

14

駒鳥の胸

こまどりのむね

初出:「少女 第八十五号(新年号)」時事新報社、1919(大正8)年12月6日

10

やぶ入の前夜

やぶいりのぜんや

初出:「少年 第一九七号(新年号)」時事新報社、1919(大正8)年12月8日

7
2026/02/19

艚埜臚羇1941さんの感想

  住み込みで 働くのが 普通だった頃 帰郷するのが どんなに 愉しみな ことか いまでは 想像も つかない くらいの イヴエントで あった。それぞれ 身なりを 自分なりに 精いっぱい 調え 散髪にも 行き 胸を 高鳴らせながら その日を 迎えた。上野駅からは やぶ入り 特別列車が 仕立てられ 鈴なりの 人達で 満員に なることも あったりした。今となっては やぶ入りという 言葉自体が ほぼ 死語となって しまった。

〔編輯雑記〕

へんしゅうざっき

初出:「金と銀 第一号」金と銀社、1920(大正9)年4月5日

2

〔同人雑記〕

どうじんざっき

初出:「金と銀 第二号」金と銀社、1920(大正9)年5月5日

1

〔同腹異腹〕

どうふくいふく

初出:「十三人 第二巻第六号(六月号)」十三人社、1920(大正9)年6月1日

1

嘆きの孔雀

なげきのくじゃく

初出:「少女 第八十六号(二月号)~第八十七号、第八十九号~第九十一号、第九十三号(九月号)」時事新報社、1920(大正9)年1月6日~2月、4月~6月、8月6日

55

喜びと悲しみの熱涙

よろこびとかなしみのねつるい

初出:「少年 第一九八号(銀世界号 二月号)」時事新報社、1920(大正9)年1月8日

8
2026/02/24

艚埜臚羇1941さんの感想

  キャッチヤー道夫は ピッチャー沢田と 組んで いたので 中学の 野球界で 名を成していた。やんごとない 事情で 沢田は 遠くに 越すことになり 部員は こぞって 遠い別れを 惜しんだ。若いバッテリー 同士は 熱涙を 振るい どこにいても 心の中で 投げ会う ことを 誓う。純粋な 情熱が 感動を もたらすと 感じた。

泣き笑ひ

なきわらい

初出:「少年 第一九九号(明治元勲号 三月号)」時事新報社、1920(大正9)年2月8日

7
2019/10/31

19双之川喜41さんの感想

 子供の芝居が 開幕する寸前に 叔母さんに連れられた 小さい子が 飛び入りで 舞台に乗りたいというので いやいや 出してやると  途中で 馬鹿面をかぶったまま  泣き出してしまったけど  見物の人逹は 囃(はや)し立て それが  かえって 受けてしまう。 面は笑い 顔は泣いてると言う 話である。 心象風景に かすかに残っているような  気もしてくるのである。

ランプの明滅

ランプのめいめつ

初出:「十三人 第二巻第三号(三月号)」十三人社、1920(大正9)年3月1日

7
2024/04/15

19双之川喜41さんの感想

 男は 恋人から 秀才でなければ 結婚しない と言われ やむなく 嫌々 試験勉強を していると 突如 停電になったので ランプに 頼りつつも 勉強は はかどらない。何かと 気をちらすこともあり 男は 落第してしまう。その後 ほかの女と 結婚し 今度は 女が 執拗に 男の誠意を 疑うことになる。明かりを 巧みに活かして 才能の片鱗を 伺わせると感じた。

辞書と新聞紙

じしょとしんぶんし

初出:「少年 第二〇〇号(二百号記念号 四月号)」時事新報社、1920(大正9)年3月8日

7

I Am Not A Poet, But I Am A Poet.

アイ アム ノット ア ポエット,バット アイ アム ア ポエット.

初出:「金と銀 第一号」金と銀社、1920(大正9)年4月5日

4

あさ

初出:「金と銀 第二号」金と銀社、1920(大正9)年5月5日

2

親孝行

おやこうこう

初出:「少年 第二〇二号(魔の国ロシア号 六月号)」時事新報社、1920(大正9)年5月8日

7
2015/06/21

7b24beb875ccさんの感想

なかなか、面白い。

初夏

しょか

初出:「少年 第二〇三号(星の秘密号 七月号)」時事新報社、1920(大正9)年6月8日

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