青空文庫

「中野鈴子」の作品

中野鈴子

なかのすずこ

生年:1906-01-24没年:1958-01-05

母の手紙

ははのてがみ

初出:「ナップ 第一巻第四号」戦旗社、1930(昭和5)年12月13日

3
2025/06/30

8e1be9733527さんの感想

what a spiritual words!

途中で

とちゅうで

初出:「婦人戦旗 第一巻第二号」戦旗社、1931(昭和6)年8月1日

1

飢餓の中から

きがのなかから

初出:「プロレタリア文学 第一巻第五号」日本プロレタリア作家同盟出版部、1932(昭和7)年4月25日

2
2018/12/20

e74c1c3b87acさんの感想

悲惨な状況が伝わってきた。そのなかで憎しみがうまれていくのが分かる

母の叫び

ははのさけび

初出:「赤い銃火〔詩・パンフレット第一輯〕」日本プロレタリア作家同盟出版部、1932(昭和7)年4月20日

2
2019/02/10

4abeb96308c7さんの感想

全てを自分の中にしまい込んで 何か言ったとて誰も耳を傾けない、何も変わらないと だから、自分で解決できることだけに向き合おうと それでも何かを掴みたいと、黙り込んで そんなふうに何十年も過ごしてきたことに気付かされる 確かに、食うには困っていない しかし、これは幸せなことなのか

わたしの正月

わたしのしょうがつ

初出:「プロレタリア文学 第一巻第五号」日本プロレタリア作家同盟出版部、1932(昭和7)年4月25日

2
2024/11/26

8eb05d040692さんの感想

人によっては1月1日もただの冬の日

一家

いっか

初出:「大鼓 第一巻第一号」現代文化社、1935(昭和10)年11月1日

2
2024/05/08

466224d860c1さんの感想

昔にこんな小説があったなんて 現代でも有り得る話

方向

ほうこう

初出:「詩人 第三巻第六号」文学案内社、1936(昭和10)年6月1日

1

ふしあわせ者のうた

ふしあわせもののうた

初出:「第三次早稲田大学新聞 第三十九号」早稲田大学新聞社、1936(昭和11)年5月27日

1

スペインの女

スペインのおんな

初出:「文学案内 第二巻第十一号」文学案内社、1936(昭和11)年11月1日

0

闇と光と

やみとひかりと

初出:「文学案内」1936(昭和11)年10月号

1
2025/06/20

8eb05d040692さんの感想

詩は感性と誰かが言ってたけど…

別れ

わかれ

初出:「文学案内 第三巻第三号」1937(昭和12)年3月1日

1

あつき手を挙ぐ

あつきてをあぐ

初出:「国民文学」1942(昭和17)年7月号

1

君すでに

きみすでに

初出:「東洋之光 第四巻第三号」1942(昭和17)年3月

0

春爛漫として

はるらんまんとして

初出:「東洋之光 第四巻第六号」1942(昭和17)年6月

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祭り日

まつりび

初出:「東洋之光 第五巻第九号」1943(昭和18)年11月

0
2025/05/26

8eb05d040692さんの感想

収穫優先

お前は此の頃よくねむる

おまえはこのごろよくねむる

初出:「新日本文学 第七号」婦人民主クラブ、1947(昭和22)年6月号

2

許南麒の詩のように

きょなんきのしのように

初出:「ゆきのした 第二号」1951(昭和26)年6月25日

1

突然に

とつぜんに

初出:「新日本文学 第四十六号」1951(昭和26)年4月号

1

何故わたしたちに話してくださらなかったのです

なぜわたしたちにはなしてくださらなかったのです

初出:「ゆきのした 第三号」1951(昭和26)年10月20日

2
2025/12/11

decc031a3fabさんの感想

途中で身体を壊す、生活が立ち行かなくなる、それでこれまで続けてきたことを断念するって例は多いのだろうな。残された人たちは惜しむより、残念がって後悔するということも、よくある話だ。

小林多喜二のお母さん

こばやしたきじのおかあさん

初出:「ゆきのした 第四号」1952(昭和27)年5月1日

3
2018/09/05

いちにいさんの感想

「死」について、矢張り考えねばなるまい。果たして、幸せな「死」などあるものかどうかということを。 多喜二の死は、読むに敢えない酷い拷問死である。どれ程、痛かったろうか、想像を絶する。多喜二は共産党員だったので拷問死した。しかし、右翼(国民全体が右翼化した)は戦地で死んだ。地雷を踏んで、片足、片手が吹っ飛んだ。即死でなければ、拷問以上の苦しみだ。結局、戦争は右翼も左翼も殺すのだ。ならば、病死は幸せか?脳や心臓の血管系の疾患、癌その他、少なくとも、ベッドや蒲団で死ねれば幸福か?眠るように死ぬ、とは老衰、天寿を全うした死のことだ。人間としての最高の人生だろう。一番許せないのは、死ぬ権利など主張する輩だ。文学者どもの大半が自殺する。太宰など四回も自殺未遂を繰り返す。入水自殺などではなく、多喜二と同様の死に方で自殺してみろと言いたい。指を逆さに折る、などと読むだけで身体中が痛くなる。恐ろしい!もがき苦しみ死んでみろ!五体満足のくせに、何故死に急ぐのか?虐めを苦に自殺をする若者はどうか?同情したくはなるが、死ぬ位なら、何でもできるのでは?と大人の立場からは言える。苛めっ子リーダーと決闘を挑む。負けるのではない。殺されるのだ!苛めっ子を少年Aにさせるのだ。復讐するのだ。死を以て、自己を犠牲にするのだ。あるいは、苛めっ子を殺してしまえ!警察に捕まり、裁判で死刑になるのだ。望み通り死ねる。まあ、でも、その前に多喜二の蟹工船でも読んでみたらどうだい?

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