青空文庫

「作者不詳」の作品

作者不詳

さくしゃふしょう

生年:没年:

現代語訳 平家物語

げんだいごやく へいけものがたり

01 第一巻

初出:「世界名作全集 39 平家物語」平凡社、1960(昭和35)年2月12日

70
2022/02/19

19双之川喜41さんの感想

 アリバイとか ライバルとかに 訳されると 違和感を覚える。紙芝居風に 読み手の 興味を 繋ごうとしているのかは 定かではないけど 軽みが 目立つのである。僧兵共の 謀略行為が 劇画風に 展開する。うんざりする向きも 少なからず いるのではないかと思った。

現代語訳 平家物語

げんだいごやく へいけものがたり

11 第十一巻

初出:「世界名作全集 39 平家物語」平凡社、1960(昭和35)年2月12日

86
2024/05/06

19双之川喜41さんの感想

 義経は やむなく 大江広元に 鎌倉の 腰越から いわゆる 腰越状と 言われる 弁明の書状を 送ったけど 宗盛は 首を 撥ねられてしまう。頼朝と 義経の 確執は 根の深いものが あったようだ。

現代語訳 平家物語

げんだいごやく へいけものがたり

13 灌頂の巻

初出:「世界名作全集 39 平家物語」平凡社、1960(昭和35)年2月12日

18
2024/04/22

19双之川喜41さんの感想

 清盛の娘である 建礼門院(けんれいもんいん)は 黒髪を 切り 仏門に 入った。大地震で 住まいが 大きく 壊れた こともあり 大原の 寂光院に 転居した。その辺りは 鹿が 渡って行くような 侘しい 庵で 念仏三昧(ねんぶつざんまい)に 明け暮れて ときの流れを やり過ごし 寂しく 世を去った。栄華を 極めた 生涯だった だけに 読み手は 余計に 無情を 感じる のである。

現代語訳 平家物語

げんだいごやく へいけものがたり

12 第十二巻

初出:「世界名作全集 39 平家物語」平凡社、1960(昭和35)年2月12日

50
2022/12/21

19双之川喜41さんの感想

 十四-五歳頃になった 六代御前は 三位禅師として 高雄の奥で 修行に 励んでいたけど 鎌倉筋の 疑念は 容易に 晴れるわけもなく 田越川で 岡部泰綱の 手にかかって 生涯を 終えた。ここに 平家の 血筋は 完全に 途絶えることになる。寂寞とした 無常感を 感じた。

現代語訳 平家物語

げんだいごやく へいけものがたり

07 第七巻

初出:「世界名作全集 39 平家物語」平凡社、1960(昭和35)年2月12日

60
2024/05/08

19双之川喜41さんの感想

 討ち取った 実盛の頭を 洗って見ると 白髪が 表れた。前から 密かに 白髪染めを 愛用していたらしい。命の 遣り取りにも 身ぎれいに 整えるのは もののふの 美意識か。何となく 酸鼻が 迫って来てしまった。生きているときから 死化粧を しておいたのかも しれないと 想った。

現代語訳 平家物語

げんだいごやく へいけものがたり

08 第八巻

初出:「世界名作全集 39 平家物語」平凡社、1960(昭和35)年2月12日

80
2024/05/06

19双之川喜41さんの感想

 小規模戦を 称して 合戦というのか 良く 判らないけど 海戦は 船同士を 繋げて 開板を 横に渡して 縦横に 移動したとある。そんな工夫には 容易に 太刀打ち 出来るものではないと 感じた。

現代語訳 平家物語

げんだいごやく へいけものがたり

09 第九巻

初出:「世界名作全集 39 平家物語」平凡社、1960(昭和35)年2月12日

107
2023/08/14

d64ad7c3b717さんの感想

現代語訳 平家物語

げんだいごやく へいけものがたり

10 第十巻

初出:「世界名作全集 39 平家物語」平凡社、1960(昭和35)年2月12日

79
2024/05/06

19双之川喜41さんの感想

 斎藤滝口時頼(たきぐちときより)は 19歳の時 13歳の 身分の 高くはない娘と 良い仲になるけど 父親に 反対され 滝口入道と 名を 改めて 聖となる。女 横笛は 教養が 邪魔するようなことは ほとんど無いようで 修行中の 入道を 追いかけて 寺から 呼び出すけど 彼は 応じずに 更に 深い山奥での 修行をするべく 逃げ去る。未成年者の 色濃恋い沙汰は 時に 衝動的なのが 痛いと 感じた。

現代語訳 平家物語

げんだいごやく へいけものがたり

06 第六巻

初出:「世界名作全集 39 平家物語」平凡社、1960(昭和35)年2月12日

49
2022/06/10

19双之川喜41さんの感想

 「清盛の医者は 裸で 熱を取り」と言われたほど 高熱で 苦しんだことは 世上 流布されていた。叡山の 冷水を 水風呂にして 入れると 水は たちまち 湯になったという。話の 盛りようは かなり 大袈裟である。伊豆の流人 頼朝の 首を とれなかったことは 無念と 言って 死んでいった。この有り様は むかし メンコの 絵ガラに 成っていたことを 思い出した。

現代語訳 平家物語

げんだいごやく へいけものがたり

02 第二巻

初出:「世界名作全集 39 平家物語」平凡社、1960(昭和35)年2月12日

94
2022/02/10

19双之川喜41さんの感想

 俊寛の 流刑地とされた島は 活火山で 硫黄の臭いが 辺り一面に 立ち込め 先住民は ほぼ 裸に近い 生活を 余儀なくされて いたらしい。月に 数回 物資を 搬送するために 舟が やって来たようだ。筋の展開が 早く 退屈は あまりしないので 疾走感があると 感じた。

現代語訳 平家物語

げんだいごやく へいけものがたり

03 第三巻

初出:「世界名作全集 39 平家物語」平凡社、1960(昭和35)年2月12日

79
2024/05/06

19双之川喜41さんの感想

 有王は 小さい頃から 俊寛に 目をかけられ いわば 従者のような 存在であった。鬼界ケ島に 一人 取り残されて 主の 安否も 定かではなく いてもたっても おれないので 有王は 俊寛の 娘からの 手紙を 元結に 隠し込んで 薩摩潟から 商人舟に 乗り込んで 島に 渡った。苦労の末に 俊寛と 巡り会い 手紙を 渡すことが 出来た。重なる 身内の不幸を 知らされ 俊寛は 自ら 食を絶ち 自死を 選び 37歳で 世を去ったという。流刑は 苛酷なる刑であると つくづく想った。  

現代語訳 平家物語

げんだいごやく へいけものがたり

04 第四巻

初出:「世界名作全集 39 平家物語」平凡社、1960(昭和35)年2月12日

85
2022/04/13

19双之川喜41さんの感想

 三井寺が 燃えて 流石の 平家の隆盛に 翳りが見えてきた。記述は やたら 細かく 死者の数は 一の位迄 記されている。偽書屋と言われた 幽霊 書き手を 真に受ける 御仁は 後を 絶たず かくて 白い紙に 書かれた 黒い字が 歴史であると 断罪する向きが 歴史を でっちあげた。どうでもいいことを しつこく こねくり回すのは 高齢者の 最後の愉しみかも しれないと 感じた。ならば どうするかは おしえられても わかりません。

現代語訳 平家物語

げんだいごやく へいけものがたり

05 第五巻

初出:「世界名作全集 39 平家物語」平凡社、1960(昭和35)年2月12日

70
2024/04/11

19双之川喜41さんの感想

 勧進帳は 言ってみれば クラウド-ファンディング みたいなもので 荒れ寺を 直すから 金くれと こともあろうに 皆で 愉しくやっているところに 飛び入り 読み上げたので 法皇を 怒らせた 荒法師 文覚は 伊豆国に 流されてしまった。それでも 再起を 謀(はか)り 活躍する。琵琶法師(びわほうし)に 楽器を 片手に 語らせれば もっと 面白いのかなと 想ったり したのである。 

まざあ・ぐうす

まざあ・ぐうす

初出:不明

66
2024/11/02

8eb05d040692さんの感想

日本で言うところの「あんたがたどこさ」とか「ずいずいずっころばし」のようなもの、それの英国版になるのかなと思う。 前書きと後書きの説明がなければ分からなかったと思うし、これを訳してまとめた北原 白秋は凄い。

「平家物語」ぬきほ(言文一致訳)

「へいけものがたり」ぬきほ(げんぶんいっちやく)

初出:不明

62

アイヌ神謡集

アイヌしんようしゅう

初出:不明

184
2018/12/14

ハルチロさんの感想

大変幻想的で、神話と「イソップ物語」を合わせたようなお話です。口述伝承を和文に訳された作品で、アルファベットの発音表記の口述の後に、和文訳のお話が記載されています。対比させながら読みますと、アイヌの方々の言葉に触れられ、勉強になります。また、お話自体、アイヌの方々の生活が、自然と密着し、自然界に暮らす動物に神が宿り、人間に自然の恵みを与えていることを伝承しているものと思います。恵みを与えてくれる自然に感謝し、敬う心を代々伝えてきたのが、本作品のような“神謡”だったのでしょう。

法句経

ほっくきょう

初出:不明

64

大岡政談

おおおかせいだん

初出:不明

2558

えぞおばけ列伝

えぞおばけれつでん

初出:不明

83

スザナの物語

スザナのものがたり

――経典外聖書――

初出:不明

9
2022/01/10

0c2892c2e65fさんの感想

いわゆるアボクリファである。 敬虔なるスザナを神が嘉しとされた、というよりはダニエルの叡知により救われたお話であり、今さらながらの聖職者の性的堕落を指摘するものでもある。やはり堕落した聖職者よりは敬虔なる俗人スザナの方が信者としてより正しいということなのでしょう。

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