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「種田山頭火」の作品

種田山頭火

たねださんとうか

生年:1882-12-03没年:1940-10-11

佐波郡(現在の山口県防府市)の生まれ。「層雲」の荻原井泉水門下。1925年に熊本市の曹洞宗報恩寺で出家得度して耕畝(こうほ)と改名。本名・種田正一(たねだ しょういち)。

via: ウィキペディア

明治〜昭和 / 層雲派

自由律俳句層雲派出家旅人熊本防府松山句碑荻原井泉水行乞

種田正一(通称種田山頭火)は1882年に山口県防府で生まれ、自由律俳句を代表する俳人として知られる。幼少期に家業が倒産し離散した経験や、神経衰弱で早稲田大学を退学したことなど、人生は波乱に満ちていた。荻原井泉水の主宰誌『層雲』に師事し、自由律俳句を発展させた。大正15年(1910)から放浪の旅に出て全国各地で行乞生活を送りながら多くの句を詠み、1925年には熊本市の曹洞宗報恩寺で出家得度し耕畝と改…

代表作

夜長ノート

よながノート

初出:「青年 明治四十四年十二月号」1911(明治44)年12月

5
2021/08/02

19双之川喜41さんの感想

 小川未明について 現実の醜悪を厭うて夢幻に遁(のが)れんとする。 永井荷風は 江戸文明に憧憬し フランス文明を謳歌する。 北原白秋は 温雅淡白(おんがたんぱく)よりも 豊艶爛熟(ほうえんらんじゅく)を喜ぶ。 言い得て 妙であると感じた。  

雑信(一)

ざっしん(いち)

初出:「椋鳥会五句集『河豚』」1912(明治45)年1月

1

鎖ペンを握って

くさりペンをにぎって

――三月十九日 夜――  山頭火

初出:「歌集『四十女の恋』」1913(大正2)年

4

雑信(二)

ざっしん(に)

初出:「椋鳥会『初凪』」1913(大正2)年1月

6

砕けた瓦

くだけたかわら

(或る男の手帳から)

初出:「層雲 大正三年九月号」1914(大正3)年9月

4

俳句に於ける象徴的表現

はいくにおけるしょうちょうてきひょうげん

初出:「樹 八号」1914(大正3)年12月

2

赤い壺

あかいつぼ

初出:「層雲 大正五年一月号」1916(大正5)年1月

3
2020/02/06

青葉ずくさんの感想

彼なりの人生哲学? 自分の手記的て、他人が読んでも理解しにくいです。

赤い壺(三)

あかいつぼ(さん)

初出:「層雲 大正五年三月号」1916(大正5)年3月

2
2018/02/13

gnosaさんの感想

達観したような書き方に、逆に著者の寂しさを見るよう。

赤い壺(二)

あかいつぼ(に)

初出:「層雲 大正五年二月号」1916(大正5)年2月

2
2018/02/12

gnosaさんの感想

芸術家は苦しみの中から芸術を生み出す。一生それを実践したのが著者。

最近の感想

さいきんのかんそう

初出:「樹 大正五年十一月号」1916(大正5)年11月

3

白い路

しろいみち

初出:「層雲 大正六年一月号」1917(大正6)年1月

4
2016/06/15

YELLOWテントマンさんの感想

作者は貧乏は不幸ではなくむしろ幸福で有ると言う。ほどほどが一番かと思う。豪華な食事でなくて質素な食事で十分。食べていければ良い。ましてや高価な絵画など必要ない!!

漬物の味〔扉の言葉〕

つけもののあじ〔とびらのことば〕

初出:「「三八九」第弐集」1931(昭和6)年3月5日

1
2025/07/15

艚埜臚羇1941さんの感想

  胡瓜の 快活 あの 食感を 言い得て 妙と 感じ 入った。漬け物と 俳句の 間には 一脈 合通じる ものが あるようだ。このことにつき 解題 されて いないので 読み きれない けど 邦人で あれば 語感と 食感は 友だち だと 思うかもしれない ような 気がした。

寝床〔扉の言葉〕

ねどこ〔とびらのことば〕

初出:「「三八九」第壱集」1931(昭和6)年2月2日

1
2025/07/15

艚埜臚羇1941さんの感想

  有名な 落語に 寝床と いうのが あるけど ここでは もっと きびしい 情況で ある。仏教では 樹下石上 一所不住 などと 喚んで いるらしい。寝床は あるのに 不眠症 寝床の まわりは ゴミ 溜まり。寝床に もぐれど もんもんたる 煩悩 限りなし。

水〔扉の言葉〕

みず〔とびらのことば〕

初出:「「三八九」第三集」1931(昭和6)年3月30日

1

私の生活

わたしのせいかつ

初出:「「三八九」第弐集」1931(昭和6)年3月5日

1
2016/05/19

YELLOWテントマンさんの感想

短くて何も書けない。続きを読みたくなった。

私の生活(二)

わたしのせいかつ(に)

初出:「「三八九」第三集」1931(昭和6)年3月30日

1
2024/04/28

19双之川喜41さんの感想

 山頭火(さんとうか)は 御飯 汁 楽缶(やかん)を ととのえて 湯屋の朝湯にいく。過去-現在-未来の 一切の私が 湯の中に 融けてしまう 快よさ。考えるでもなく 考えないでもなく 自分が 自分の自分であることを 感じるという。そぎ落とした果てに 行き着いた 境地(きょうち)であろうと 想った。

私を語る

わたしをかたる

――(消息に代えて)――

初出:「「三八九」第壱集」1931(昭和6)年2月2日

2
2024/12/13

837281a57b00さんの感想

50歳は最近だとまだ若い、と捉えられるけど死はいつ何時くるか分からない。若い頃よりずっと。 読んでいると、なんだか最近SNSで見かける独り言に近いものがある。 親近感が湧く一作かも。

『鉢の子』から『其中庵』まで

『はちのこ』から『ごちゅうあん』まで

初出:「「三八九」復活第四集」1932(昭和7)年12月15日

11
2022/04/11

19双之川喜41さんの感想

 漂泊の 詩人といっても  村人から見れば  ただの乞食 で  川棚温泉の山裾の地を  借り入れる約束が まとまりかけたのに  村に住んでいる確実な保証人を 二人たてられなくて 失敗した。 行乞は 引きこもりの対極に あり 木の葉の音 木の実の音 を聞きつつ あてもなく放浪する。

故郷〔扉の言葉〕

ふるさと〔とびらのことば〕

初出:「「三八九」復活第四集」1932(昭和7)年12月15日

2
2016/09/03

YELLOWテントマンさんの感想

いつかほんとうの故郷を見つけたい。

歩々到着

ほほとうちゃく

初出:「春菜 層雲二百五十号記念集」1932(昭和7)年5月

1
2022/03/03

cdd6f53e9284さんの感想

私はただ歩いております。 歩く、ただ歩く、歩くことそのことが一切を解決してくれるような気がします。 先生の温情に対してはなんとも御礼の申し上げようがありません。 ただありがとう存じます。 しかし、悲しいかな私には、まだ落ち着いて生きるだけの修行ができておりません。 放哉居士の往生はいたましいと同時に、うらやましいではありませんか。 行乞しながらも居士を思うて、瞼の熱くなったことがありました。 私などは日暮れて道遠しであります。 兎にも角にも私は歩きます。 歩けるだけ歩きます。 歩いているうちに、落ち着きましたならば、どこぞ縁のある所で休ませていただきましょう。 それまでは、野垂れ死にをしても、私は一所不住の漂泊を続けましょう。 分け入っても分け入っても青い山

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