わつじてつろう
霊的本能主義
れいてきほんのうしゅぎ
初出:「交友会雑誌」1907(明治40)年11、12月
エレオノラ・デュウゼ
エレオノラ・ジューゼ
初出:「スバル」1911(明治44)年1月
自己の肯定と否定と
じこのこうていとひていと
初出:「反響」1914(大正3)年4月
芦屋のまーちゃんさんの感想
自己、自我、個性、個人、エゴ、孤独 肯定するか否定するか しかし、オルターナティヴではないという 肯定の条件が否定なのだという 仮に、否定したとしても自己は決して喪失しない 世間には他人と違うことを恐れる人種がいる 流行に敏感なファッションモデルのような服を買求めるOL達? 独りでいることの不安、寂しさ、恐怖 彼らは他者の中に生きている 考えること、哲学すること、主体的に生きること 孤独でいること そして死ぬこと
「ゼエレン・キェルケゴオル」序
「ゼエレン・キェルケゴオル」じょ
初出:「時事新報」1915(大正4)年9月7、8日
キルケゴールは好きだが、最後の最後で「神」を登場させるので、結論が抽象的になる。 "人はいかに生きるべきか?" 自由に生きたらええねん!
ある思想家の手紙
あるしそうかのてがみ
初出:「新小説」1916(大正5)年11月
b9ef941530ccさんの感想
和辻哲郎のあるしそうかの手紙は、自分は凡庸であるが人類に役立ちたいと思う人の心意気を綴った作品。哲学者らしい、だらだらと修飾や条件フレーズが続く。真に長ったらしい文章は疲れる‼
生きること作ること
いきることつくること
初出:「新小説」1916(大正5)年4月
転向
てんこう
初出:「新小説」1916(大正5)年5月
0c2892c2e65fさんの感想
転向という題名はどうも頂けない。むしろ新生とした方がよい。
ベエトォフェンの面
ベエトォフェンのめん
初出:「科学と文芸」1916(大正5)年4月
「自然」を深めよ
「しぜん」をふかめよ
初出:「新小説」1917(大正6)年4月
19双之川喜41さんの感想
和辻は ドストエフスキーの 見破ったのは 人格の上に 働く力の 深秘の 活動である とする。理外の 理とでも 顕す ことも できるようにも 見立てることが できるかもしれない。大切な 指摘と 想った。
偶像崇拝の心理
ぐうぞうすうはいのしんり
初出:「新潮」1917(大正6)年4月
すべての芽を培え
すべてのめをつちかえ
初出:「中央公論」1917(大正6)年4月
創作の心理について
そうさくのしんりについて
初出:「文章世界」1917(大正6)年1月
創作は実体験のみによって、なされなければならぬのか?生きる事が表現する事と和辻は言う。感動や衝動、喜びなどを愛する者に伝えたいという高まる意志のようなもの。内から湧き出すエネルギーがなければならぬ。創作はフィクションではならぬようだ。「生きること」と「生きるために金を稼ぐこと」とは異なる。創作のための創作。太宰などの作品における少なからずある駄作の類が当てはまる。しかれば、創作とは対価を求めず、無償のボランティアにすぎないのか?和辻の「風土」の印税たるやどこへやら?自分の創作を世間に出すには、昔は編集者の厳しい目を通った出版という方法しかなかったが 現代では、SNSなどの手段がある。但し、SNSはボランティアである。その意味では人に伝えたいというインパルスのみで構成された「創作」と言えるかも知れない。 〔以下、私の創作〕 現在、過去、未来を弁証法的に考えることはできないか?つまり、過去というテーゼがあった事実はデカルト的に言っても疑いようがない。しかし、現在は過去に対してアンチテーゼと言えないか?過去の不幸と今の不幸は全く状況は同じか?もっと不幸か少し幸せになったかのどちらかの変化があるだろう。あるいは、行く川の流れを方丈記的に考えてもいいだろう。現在をアンチテーゼと定義できれば、アウフヘーベンするだけだ!未来は高次の立場へ向うジンテーゼとなるのだ。
停車場で感じたこと
ていしゃばでかんじたこと
初出:「新小説」1917(大正6)年1月
夏目先生の追憶
なつめせんせいのついおく
初出:「新小説」1917(大正6)年1月臨時号
漱石の 作品は その 芸術の 結構(けつこう)から言えば 建築である。すべての 細部は 全体を 統一する力に 服属(ふくぞく)せしめられている。和辻は このように 見立ててみせる。これを 手懸かりに 帰納的に 演繹的に 作品を 味わうと 理解が より 深まるようだ。自戒の 言葉としても 身に染みた。
『偶像再興』序言
『ぐうぞうさいこう』じょげん
初出:「偶像再興」岩波書店、1918(大正7)年11月
auさんの感想
むつかしい が 興味深い。 また、読み直したい
院展遠望
いんてんえんぼう
初出:「東京日日新聞」1918(大正7)年9月12日~16日
世界の変革と芸術
せかいのへんかくとげいじゅつ
初出:「新小説」1918(大正7)年2月号
院展日本画所感
いんてんにほんがしょかん
初出:「中央美術」1919(大正8)年10月号
『劉生画集及芸術観』について
『りゅうせいがしゅうおよびげいじゅつかん』について
初出:「中央美術」1921(大正10)年4月号
岸田を 明らかな 成長を 示している 画家として 和辻は 誉めあげる。「毛布肩掛けせる麗子像」は 巷間 「麗子像」として 流布しているものと 同一か。絵画を かくまで 分析的に みるのには いささか 辟易した。
享楽人
きょうらくじん
初出:「人間」1921(大正10)年5月号