青空文庫

「水上滝太郎」の作品

水上滝太郎

みなかみたきたろう

生年:1887-12-06没年:1940-03-23

山の手の子

やまのてのこ

初出:「三田文学」1911(明治44)年7月

45
2019/10/29

19双之川喜41さんの感想

 明治中頃の 崖の上の錨(びょう)を打った黒門のあるお屋敷に住む少年は 時に 坂下の下町の悪童たちと 密かに遊ぶために 屋敷を抜け出す。 少年の お気に入りの少女は 鉄道馬車に乗って芸者奉公に 出るために去る。 甘酸っぱい追憶を 味わう作品と 感じた。

貝殻追放

かいがらついほう

003 「文明一周年の辞」を読みて

初出:「文明」1917(大正6年)4月号

3

貝殻追放

かいがらついほう

004 「幻の絵馬」の作者

初出:「中央文學」1917(大正6年)5月号

2

貝殻追放

かいがらついほう

010 「海上日記」の序

初出:「三田文學」1917(大正6)年11月号

2

貝殻追放

かいがらついほう

002 新聞記者を憎むの記

初出:「三田文學」1918(大正7年)1月号

31
2023/12/04

19双之川喜41さんの感想

 水上は 記者を 心底から 憎む。馬鹿馬鹿馬鹿ッ。唾して 踏みにじってやる。と 逆上する。朝日の 記者 毎日の 記者に あること ないこと 書かれて 本気で 激怒している。捏造記事は いまだに 新聞社の 得意技で これ 伝統芸と 感じた。

貝殻追放

かいがらついほう

005 永井荷風先生の印象

初出:「新潮」1918(大正7年)2月号

0

貝殻追放

かいがらついほう

006 「八千代集」を読む

初出:「三田文學」1918(大正7)年5月号

27

貝殻追放

かいがらついほう

007 愚者の鼻息

初出:「三田文學」1918(大正7)年7月号

24

貝殻追放

かいがらついほう

008 「その春の頃」の序

初出:「三田文學」1918(大正7)年8月号

15

貝殻追放

かいがらついほう

011 購書美談

初出:「三田文學」1918(大正7)年8月号

17

貝殻追放

かいがらついほう

012 向不見の強味

初出:「三田文學」1918(大正7)年10月号、11月号

28

貝殻追放

かいがらついほう

014 本年発表せる創作について ――「新潮」の質問に答ふ――

初出:「新潮」1918(大正7)年12月号

1

貝殻追放

かいがらついほう

013 先生の忠告

初出:「三田文學」1919(大正8)年1月号

27

貝殻追放

かいがらついほう

015 「末枯」の作者

初出:「三田文學」1919(大正8)年9月号

28

貝殻追放

かいがらついほう

016 女人崇拝

初出:「三田文學」1919(大正8)年12月号

18

貝殻追放

かいがらついほう

017 泉鏡花先生と里見弴さん

初出:「人間」1920(大正9)年2月号

22

大人の眼と子供の眼

おとなのめとこどものめ

初出:「改造」1923(大正12)年

13

九月一日

くがつついたち

初出:「随筆」1924(大正13)年1月号

39
2019/09/17

ハルチロさんの感想

この作品は、南関東大地震(関東大震災)により、青春の悲喜交々に揺れる若者達が、翻弄される物語です。関東大震災は、東京を舞台として描かれている作品が多いですが、本作品は、神奈川県の鎌倉が舞台となっています。関東大震災の震央は相模湾とされており、神奈川県下の震度、倒壊家屋数は東京を上回っています。鎌倉周辺は、皇室関係者、官人、文人の別荘地が多く、震災の犠牲となった皇室関係者、官人、文人は多数いらっしゃいました。物語中の人物もまた、被災し、生死が別れたことを描写されています。現実には、本作品の描写を越えるものだったかと思います。

大阪の宿

おおさかのやど

初出:「女性」大阪プラトン社、1925(大正14)年10月~1926(大正15)年6月

317
2022/03/29

cdd6f53e9284さんの感想

うらぶれた下宿屋で女中としてコキ使われる女たち、下積みの女たちの哀歓が、余すところなく描かれている水上滝太郎の珠玉の名品である。 稼ぎのない亭主との腐れ縁を断つこともできず、金銭の苦労が絶えないおりかは、亭主に貢ぐための借金の申し出をむげに撥ね付けられたことから、切羽詰まって下宿人の金に手を付け、それが発覚し、働き場所を追われて、さらに不安定なその日暮らしの生活に追い詰められていく。 あるいは、わずかな給金のために、ひとり息子と離ればなれに暮らして働かなければならないおつぎにとって、この惨めな生活に耐えることのできる唯一の夢である息子との逢瀬を女将に撥ね付けられ、憤慨しながらも、彼女にできることといえば、せいぜい旅館の名入りの湯飲み茶碗を土間に叩きつけるくらいだ。 彼女たちに、内に滾る激情というものがあったなら、あるいは、女将の理不尽な扱いに対して、誇りを傷つけられたことへの怒りに逆上した女は、台所から包丁でも持ち出し、明らかな殺意をもって女将を追いかけ回すくらいの炸裂する怒りの描写があったとしても一向に不思議でないシチュエーションである。 しかし、ここに描かれている善良な女たちは、女将の理不尽な扱いに対しても憤りを抑え、その不運をただめそめそと悲しむばかりで、些かの反抗の素振りもみせようとはしない。 これが、水上滝太郎好みの女性像なのかもしれない。 そのようにみていけば、この物語の最後、大阪を離れる三田の送別会に集まったウワバミや田原など負け犬たちを、無力な三田の目を通して諦念と共に温かく見つめる作者の共感が描かれているその先に、最後の送別会の場についに姿を見せなかった三人の女性のことに言及しなければならないだろう ただ憧れをもって眺めていたにすぎないショーウィンドウの中のお嬢さん、旅館「酔月荘」の第三の女中およね、そして、三田に偽の布地を売った貧しいお針子おみつ。 しかし、朝の通勤で擦れ違うだけの憧れの先輩の娘「お嬢さん」は、父親の自殺のあとで行方知れずになってしまう。 そして、「酔月荘」の第三の女中およねは、格式を重んじた下宿屋から下劣な連れ込み旅館へと変節する墜落過程において才能を開花させ、女将の信頼を最も獲得して、戦後の猥雑を生き抜くしたたかさを予感させる。 また、病身の父を抱えたおみつは、三田に偽の布地を売り付けた責めを一心に負って、支給された生活保護費を渡しにきたその夜に、同じ下宿人の野呂に処女を奪われて、そのことに責任を感じた三田の救いの手も厳しく拒絶して立ち去る。 心に残るいい場面だ。

果樹

かじゅ

初出:「中央公論 十二月号」1925(大正14)年11月8日

36
2020/08/17

19双之川喜41さんの感想

 新婚夫婦が 寺の持ち家を借りた。庭には 柿の木があり たわわに実っていた。渋柿だと 言い聞かされていたけど 子供達が 柿泥棒をしに頻繁に 忍び込んでくる。そのことに 業を煮やした 寺側は 総出で 柿の実を落として 夫婦に お裾分けとして 柿をくれた。食べてみたら 柿は渋くはなく 甘かった。境内の自然描写が 丁寧であると思った。

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