青空文庫

「小泉八雲」の作品

小泉八雲

こいずみやくも

生年:1850-06-27没年:1904-09-26

明治期

日本研究家英文学者紀行文作家随筆家新聞記者

ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)は1850年6月27日、ギリシャ西部レフカダ島で生まれた。父はアイルランド出身の英国陸軍軍医で、母はギリシャ人だった。幼少期にイギリス・フランスへ移住し、教育を受けるが、左目を失明するなど困難も経験。1869年に米国へ渡り、シンシナティやニューオーリンズで新聞記者として活躍。1890年に日本へ来日し、松江中学校の英語教師となると同時に小泉セツと結婚し帰化。熊本五高等…

代表作

  • 日本の民俗
  • 古事記訳
  • 日本文化紹介集

秋月先生の古稀を祝して

あきづきせんせいのこきをしゅくして

初出:「鎭西餘響」1893(明治26)年5月

3
2022/02/25

cdd6f53e9284さんの感想

小泉八雲の肖像写真を見るたびに、不思議に思っていたことがある、どれもうつ向いて目を伏せているか、あらぬ方を向いている。 ずいぶん不自然な写真ばかりだな、という印象だった。 そういえば、どの集合記念写真にしても、皆がそろって正面を見据えているのに、八雲ひとりだけが横を向いている。 何故だろうと、それも不信に感じていたひとつだ。 確かに明治初期の写真などで、その手の写真を幾つも見た記憶があるし、もっと遡って維新の志士や花魁の集合写真にもそういう写真はあった。 おそらく、左右両端とか真ん中に写る人とか、いずれにしても特定な位置にいると、写真に魂を抜かれるとかなんとか、その手の迷信があって、それを避けるためのつまらない決まりごとだったかもしれないが、しかし、八雲の場合はそんなものじゃない、という確信もなんとなくあった。 そして、最近になって、あることを知った。 漱石が自分のアバタ面に劣等感を抱いていたということと、八雲が片眼を失明していたこと、たぶん、漱石と同じように、そのことに劣等感を感じていたであろうということも。 八雲の愛読者からすれば、そんなことも知らないなんて、ずいぶん迂闊な話だなと言われそうだが、本当だから仕方がない。 それに我ながら相当な悪趣味だと思うが、八雲の正面写真をひと目見たくて画像検索してみたが、やはり、ない。 正面を向いた写真はあっても、左顔面を片手で覆っているか、せいぜい銅像くらいだ。 さんざん探しておいて、いまさら負け惜しみでもないが、そんなもの、見てどうするという気もしないではない。 だいいち失礼だ、お前が言うな。 さて、この「秋月先生の古稀を祝して」は、八雲作品を愛読する者にとっては、揺るがせにできない大切な一文だ。 秋月先生とは、秋月悌次郎のこと。 八雲が熊本の中学校に赴任した時には、漢文の教師として既に在籍していた。 会津藩の出身で漢学に造詣が深く、藩校の日新館でも教えたが、のちの戊辰戦争の際に、白虎隊として多くの教え子を失った。 京都守護職松平容保に従い会薩同盟に関わったが、戊辰戦争に敗れ、会津藩降伏の時は、副軍事奉行として降伏の使者に立った。終身禁固の刑を受けたが、後に恩赦で許され、後半生を教育者として過ごしたという人物だった。 そこで上記の熊本の中学校となるわけだが、八雲にとってほんの昨日まで戦火をくぐってきたような両刀をたばさんでいたサムライと近づきになり、その何事にも悠揚迫らぬ茫洋とした人格に魅せられて、ほとんど最上級の尊敬の域にあることが、この祝状からも伺うことができる。 みずからの隻眼を恥じるなど愚かしいことだと、秋月翁から学んだのではないか、そんな気もする。 ちなみに、日本で娶った八雲の妻·小泉セツも松江藩の重鎮の娘、世界を放浪したのちに得た八雲の不倶を抱えた劣等感の安息の場が、サムライの魂のすぐそばにあったことが分かる一文である。

葬られたる秘密

ほうむられたるひみつ

初出:不明

6
2022/02/26

cdd6f53e9284さんの感想

若死にした妻の霊が夜ごとあらわれ、家人は恐怖する。 半身をおぼろに霞めたその妻の霊は、生前に自分が愛用した箪笥の前に座って、不安気にじっと箪笥を見つめいるだけだ。 家人はおののきながらも、亡き夫人が生前に愛用した着物や帯に未練が残って成仏ができないのであろうと判断し、寺に事情を話して、箪笥の中にある着物や帯をすべて寺に納めて供養してもらうことにした。 これでもう夫人も成仏できたであろうと安堵していたところ、前夜と変わらずその夜も再び霊は現れ、また、箪笥をじっと見つめている。 怯え困惑した家人は、思い余って高名な僧侶に相談した。 「よろしい、委細承知した。霊の願いが奈辺にあるか、この拙僧が敢然問い質してみるによって、わしが声を掛けるまでナンビトたりとも、部屋に近づくことはならんぞ、左様心得よ、あい分かったな」 やがて夜になり、高僧の前に霊は現れて、また箪笥を見つめ始める。 しかし、確か箪笥の中身は空のはずだが、と思いながら、じっと霊の様子を観察していた高僧は、あることに気がつく。 そうだ、まだ引き出しの内側に貼ってある紙があるではないか。 高僧がその紙を一枚一枚剥がしていくと、その下に一通の手紙が隠されていた。 それは彼女が京都へ行儀見習いに行っていた時に、ある男から付け文された手紙だった。 そこで若妻の霊は懇願する、この手紙のことは、家族には、くれぐれも内緒にしておいて欲しいと。 高僧も、必ずや秘密裏に処分するであろうことを彼女に誓った。 安堵した霊は、それ以来、現れなくなったという物語。 この物語を読んだ直後は、たかが「一通の付け文」くらいで、死に迷い、成仏できないほどに迷ったりするだろうか、という疑問に囚われた。 しかし、こんなふうにも考えてみた。 例えば、爛れた肉欲が絡むこじれた関係の末に破綻した愛人への執着心というものがあったとして、その秘められた思いがこれほど長続きするものだろうか。 むしろ、恋愛に憧れるだけで、いまだ現実の色恋には怯え物怖じするしかない未経験な女性が、初めて貰った手紙に深い思いを抱くという方が、なんだか説得力があるような気がする。 「秘められた思いの永続性」を説明するにも、処女の性への憧れと恐れを想定する方が、この場合、納得しやすいかもしれない。 ただ、この物語を読んだ直後に、以下のような一文に接した。 《この話は、「新撰百物語」中の「紫雲たな引密夫の玉章」を原拠とするが、ハーンは原話の初めにある長い教訓的な部分と、最後にお園(若妻)の亡霊が再び現れる箇所を削除し、原話に「不義の玉章数十通」とあるところを「一通の手紙」と変えただけで原話のドギツサを払拭し、お園のただ一度の過ちと、それゆえの心残りを印象づけている。それだけでなく、幼い子供をお園の亡霊と一瞬会わせることで、読者に、若くして死んだ彼女への同情を起こさせ、彼女への成仏を確信させるのである》だってさ。 へぇ~、この解説によると、本当はさんざん遊んだヤリマンみたいな女(ひと、と読んでください)がモデルだったようで、ちょっと引いたが、やはり、ストーリーとして清浄にこだわった八雲の選択は正しかったし、処女性にこだわった自分の選択の方が、さらに正しかったと言えようか。 ぶっちゃけ、清浄で綺麗な話の方が、よっぽどいいよって話

耳無芳一の話

みみなしほういちのはなし

初出:不明

22
2026/03/21

c2922fa1653dさんの感想

子供の頃なめこ文學全集で見た耳無芳一を再度本家で見ました。貴族の方々が絶賛する芳一の演奏…実際には居ない人とはわかっているけれど、1度聞いてみたいものですね。

むじな

初出:不明

4
2026/01/18

fdd0490469fdさんの感想

朝ドラを観ていて、小泉八雲の小説に興味を持ったので読んでみた。誰もが知ってるのっぺらぼうのお話。ホラーが苦手な私でも強すぎず、文字遣いも旧字体でなく読みやすかった。

橋の上で

はしのうえで

初出:不明

8
2024/04/28

19双之川喜41さんの感想

 人力車の お抱え車夫が 八雲に 語るには 男たちが 簑(みの)の下に 刀を 隠し持ち 何気(なにげ)なく 装(よそお)い 通りかかる人を 次々と 三人も 切り殺した。そのことを 長い間 口外(こうがい)することが 無かったのは 「人に しゃべったら 恩知らずに なったですたい」と いう。めくらみの するような 壮絶(そうぜつ)な 歴史の 目撃談(もくげきだん)と 感じた。 

停車場にて

ていしゃばにて

初出:不明

8
2016/05/25

5bb1ced16906さんの感想

 読み進むうちに、酸鼻というのか、涙が溢れてきて、感動で、胸塞がれる。 殺人犯、寡婦、幼子、巡査、群衆、著者、ことごとく、涙ぐんでいる。「憎くて殺したのではない。怖かったのだ。」と、言われても、何やら、空しい。 日本的な光景と、見たのかもしれない。又4

雪女

ゆきおんな

初出:不明

9
2024/10/24

b72b06bf70b1さんの感想

美男美女を浮かべて読んだ。 最後は切ないけど、愛してしまっていたから殺さなかったのかな。

ろくろ首

ろくろくび

初出:不明

18
2026/02/18

艚埜臚羇1941さんの感想

  以前は 大層 武ばった 侍で あったけど 今は 旅の 僧として 諸国を 徘徊している。返り討ちにした 化け物の 首だけが 衣に 食らい付き 人目を 引いている。たまたま 出会った 盗賊に 望まれて 首を 与える。情景の 描写が 美しいと 感じた。

博多にて

はかたにて

初出:不明

18
2023/01/06

2c4f69358a48さんの感想

諸行無常 色即是空

死生に関するいくつかの断想

しせいにかんするいくつかのだんそう

初出:不明

36

夏の日の夢

なつのひのゆめ

初出:不明

35
2023/12/03

阿波のケンさんさんの感想

浦島伝説の原型が日本書紀から来ているとは、ム、勉強になりました。長閑な日本の風景が心に美しく蘇る内容でした。外国人だからこそのの視点から見ているからでしょうか。ただ赤ちゃんが最初に発する言葉があばabaでサヨナラの意味があると言っているのは?だな。

夜光虫

やこうちゅう

初出:不明

6
2024/04/15

19双之川喜41さんの感想

 八雲は 私も 「夜光虫の ひとつである。流れの中に 儚く漂う 燐光体の である」と 悟ったとする。「私の 思惟の へんかにつれて ルビー-サファイア色に 変わる。」詩味あふれる 内省的な 感性と 想った。 

夜光虫

やこうちゅう

初出:不明

6
2023/03/03

8a025169fc91さんの感想

ちょっとだけ難しかった。

手紙

てがみ

一八九三年七月二二日付 チェンバレン 宛

初出:不明

15

石仏

せきぶつ

初出:不明

36
2016/05/25

5bb1ced16906さんの感想

 日本の古い絵本は、決まりとして、影は描かれない。 その方が、自然に近い。 この挿話を、端緒として、日本と西洋の美的感覚の鳥瞰が始まる。 正直、分かりにくい。私の資質に依るのでしょう。又4

男子の本懐

だんしのほんかい

(「願望成就」)

初出:不明

30
2021/03/31

b53e79cfe52cさんの感想

明治27年の日清戦争の時、戦争に赴く若者の考えを西洋人である作者の目から評したもの。残酷なピュアーさが描かれている。個人の自由が尊重される今の時代がありがたい。

九州の学生とともに

きゅうしゅうのがくせいとともに

初出:不明

60

赤い婚礼

あかいこんれい

初出:不明

49

明治三十四年東京帝国大学文学部卒業生に

めいじさんじゅうよねんとうきょうていこくだいがくぶんがくぶそつぎょうせいに

初出:不明

2
2022/02/22

cdd6f53e9284さんの感想

小泉八雲が、東京帝国大学に雇われて英文学を教えていたときの卒業生に贈ったスピーチ、 「あなた方が出世する頃には、自分はあまりにも歳をとってしまい、この世には、いないかもしれない」なんて、気弱で、どこか寂しさのただようスピーチだ。 それで思い出した。 八雲は学生たちにとても愛されていて、講義も一字一句筆写され、のちに学生たちの手で出版されたらしい。 熊本の高等学校の教師時代の講義の筆写ノートも発見されたという新聞記事も読んだことがあるから、余程生徒から慕われていたのに違いない。 そんなふうに愛された八雲が帝国大学を退職したあとに、入れ替わりに漱石が英文科の教壇に立った。 それはまるで漱石が八雲を追い出すような形だったので、学生たちから漱石は恨まれ、冷たい目でみられたと伝えられている。 そうそう、その前に八雲が熊本の高等学校の英語教師を退職したあとに就任したのも漱石だった、まるで後追いの奇しき縁だ。 小泉八雲と漱石は、似通ったところがあり、よく対比して語られることが多い。 生後まもなく里子に出された漱石は、さらに塩原家の養子になったことが後年の金之助の性格形成に大きなダメージを与え、さらに創作にも多大な影響を及ぼしたのだが、八雲も幼くして母と生き別れ、大叔母に育てられた。 また、漱石は天然痘のためにアバタが残り容貌にコンプレックスを抱いたのに対して、八雲が片眼を失明して生涯女性に劣等感を抱いた点も似通っているし、身長も共に160センチほどしかなく、背の高い西洋人のなかでは威圧された。 八雲の後任として、東京大学英文科の教壇に立った漱石は、学生たちの不評を感じていて筆子夫人に愚痴っている。 「小泉先生は英文学の泰斗であり、また文豪として世界に響いた偉い人であるのに、自分のような駆け出しの書生上がりの者が、その後釜に据ったところで、到底立派な講義ができるわけのものでもない。また学生が満足してくれる道理もない」 ちなみに、高等学校時の月給は、八雲が200円、漱石が100円だった。

勇子

ゆうこ

一つの追憶

初出:不明

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