小林多喜二
こばやしたきじ
生年:1903-10-13没年:1933-02-20
1929年に『蟹工船』を『戦旗』に発表し、一躍プロレタリア文学の旗手として注目を集め、同年7月には土方与志らの新築地劇団(築地小劇場より分裂)によって『北緯五十度以北』という題で帝国劇場にて上演された。しかし、同時に警察(特に当時の特別高等警察)からも要注意人物としてマークされ始める。『蟹工船』『一九二八年三月一五日』および同年『中央公論』に発表した『不在地主』などがもとで拓銀を解雇(諭旨免職)され、翌年春に東京へ転居。日本プロレタリア作家同盟書記長となる。1930年5月中旬、『戦旗』誌を発売禁止から防衛するため江口渙、貴司山治、片岡鉄兵らと京都、大阪、山田、松阪を巡回講演。23日に大阪で日本共産党へ資金援助の嫌疑で逮捕され、6月7日、一旦釈放された。
via: ウィキペディア明治〜昭和 / プロレタリア文学
プロレタリア文学共産主義三・一五事件北洋工船労働運動
小林多喜二(1903年10月13日-1933年2月20日)は、秋田県出身のプロレタリア文学作家であり共産主義者・社会運動家だった。幼少期に北海道小樽へ移住し、小商業学校を卒業後、北海道拓殖銀行に勤務したが、労働運動への関心から文学活動へ転向。1927年頃から日本プロレタリア作家同盟に加入し、三・一五事件を題材とした『一九二八年三月十五日』や、北洋工船での労働者生活を描いた代表作『蟹工船』を発表。銀…
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