大導寺信輔の半生
だいどうじしんすけのはんせい
――或精神的風景画――
――あるせいしんてきふうけいが――
初出:「中央公論 第四十年第一号」1925(大正14)年1月1日
芥川竜之介約35分
下町風土内省死の受容自然と人間の冥通叙情的回顧的憂鬱
書き出し
一本所大導寺信輔の生まれたのは本所の回向院の近所だった。彼の記憶に残っているものに美しい町は一つもなかった。美しい家も一つもなかった。殊に彼の家のまわりは穴蔵大工だの駄菓子屋だの古道具屋だのばかりだった。それ等の家々に面した道も泥濘の絶えたことは一度もなかった。おまけに又その道の突き当りはお竹倉の大溝だった。南京藻の浮かんだ大溝はいつも悪臭を放っていた。彼は勿論こう言う町々に憂欝を感ぜずにはいられ…
2026/02/22
艚埜臚羇1941さんの感想
竜之介の 自分語りである。帝国図書館 大橋図書館を よく 利用したと 記してあるけど 自費で 購入した 書籍 についても ことのほか 愛蔵したと 誇らしげである。また 本稿の ほかにも これに 類した 文章を 数倍 書くつもりで あると 言っているけど その 著作が どれだかは わからない。
2019/11/02
19双之川喜41さんの感想
ハングリー精神が 芥川の創作意欲のバネになっていたことは 窺がわれる。 心象風景は 実存の景色として 胸に残された。 本所の町並み。 乳牛。などである。 哀感 切々たるものがあると感じた。
2017/08/12
ac1286790a30さんの感想
芥川の自伝的小説として知られている作品だそうです。わたしには共感できる部分が多かった。自分を憎悪の塊のように描くところが印象に残った。まるで生き地獄のようだけど、そういう自分に目をそらさずに生きた人なんだなあ、と思わされた。
2016/11/05
6187397b10e3さんの感想
よく分かりませんでした。
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