じゅうごねんかん
初出:「文化展望」1946(昭和21)年4月号
書き出し
れいの戦災をこうむり、自分ひとりなら、またべつだが、五歳と二歳の子供をかかえているので窮し、とうとう津軽の生家にもぐり込んで、親子四人、居候という身分になった。たいていの人は、知っているかと思うが、私は生家の人たちと永いこと、具合の悪い間柄になっていた。げびた言い方をすれば、私は二十代のふしだらのために勘当されていたのである。それが、二度も罹災して、行くところが無くなり、ヨロシクタノムと電報を発し…
東京八景
だだをこねる
酒中日記