かのうさくじろう
明治〜昭和初期 / 自然主義
加能作次郎(1885年1月10日-1941年8月5日)は、石川県羽咋郡西海村(現志賀町)出身の小説家・評論家・翻訳家である。幼少期に母を亡くし、苦難の少年時代を経て早稲田大学英文科を卒業後、博文館に入社し『文章世界』の主筆として活動した。代表作には自伝的要素を含む私小説「恭三の父」「厄年」「世の中へ」や、昭和初期に発表された短編集「乳の匂ひ」がある。自然主義の流れをくみつつ、人情味豊かな描写で評価…
代表作
少年と海
しょうねんとうみ
初出:「赤い鳥」1920(大正9)年8月号
早稲田神楽坂
わせだかぐらざか
初出:「東京日日新聞」1927(昭和2)年6月11日~29日
19双之川喜41さんの感想
肴町の停車中の 賑わいは 大きな蟻の 京参りみたいだと たとえている。 町名変更が 何回かあると このような 街角細見は どこがどこやら分からなくなってしまうけど これも 時代の流れとして 諦めなくてはならないのかもしれないと感じた。
恭三の父
きょうぞうのちち
初出:不明
乳の匂ひ
ちちのにおい
洗眼のために 惜しげもなく 胸をひろげ 母乳を 注いでくれたのは 昔は 乞食の子だった女である。 ほかには 色っぽい場面は ありませんから 気落ちしてはいけません。 作者は早死にの為 寡作ですけど 心を打つと感じた。
厄年
やくどし
艚埜臚羇1941さんの感想
妹さんの 葬儀の ために 帰郷する。その頃の 間に合わせの 火葬は いまでは 信じ られないような 不完全な もので 遺骸が 炉の 中から 起き上がって しまったり 焼け炉の 中に 水が 噴き 出したり することは 普通に あったらしい。今の 東京の 焼き場は すべて 某国の 資本が 入り 質の 低下は 否定できなく なってしまつた。炉が 空くまで 数週間 待ちは 当たり前で 御遺体の 保管料は 一日に 付き 数万円は 普通だと 噂されている。哀感漂う 葬儀は 金次第 ということか。
世の中へ
よのなかへ