あいづやいち
音楽に就いて
おんがくについて
初出:「興風」1922(大正11)年2月
e4c0eb387665さんの感想
西欧の諸外国とは違う土壌に根付いた民謡、俚謡、俗謡の世界にグリークラブは多分著者の生きた時代には余りに異質な音楽体験に違いなかったはずで、今でも日本ではトライバルな性質に変質してしまう音楽の外来種についても同じだと思う。理想主義は無いよりマシ、音楽自体も無いよりある方がいいけれど、人々を結合し化合させ、或いは本来の音楽が商業的に成功するだけの識別装置として機能するだけならば、その命も短いものではないか。そんなことを考えさせられる一文であった。川上音次郎のオッペケペー節は許容せられたろうか。ウィーンのCharivari、ドイツのKatzenmusikのようにすぐさま民衆自体から音楽が身近に発生する民族ではこれからもなさそうであるし。
趣味の修養
しゅみのしゅうよう
初出:「興風」1922(大正11)年8月
全くお説の通り、現代日本もほとんど変化していない。つまり江戸時代の鎖国政策幕藩体制から引き摺る習俗とでも言うような不思議な日本人の暮らしは、上から吊り下がる糸にぶら下がり横に繋がる広がりを見せず、限りなく矮小化を遂げているのを見る思いもする。他者、異種を受け容れること能わずの世代間ギャップがこんな昔からあったとはいやはや先達の炯眼に拝礼したいと思うものであった。よくぞこの一文をアップして頂いたものだと感激する。
趣味の向上
しゅみのこうじょう
――青年学生のために――
初出:「興風」1924(大正13)年12月
3afe7923d6ecさんの感想
この会津八一の文章をざっと読むと、 「まず、実生活を楽しむ生活者たれ、その中からこそ人を感動させる芸術は生み出すことができる」と述べているように読める。 本当だろうか。 これでは、会津八一が生涯を貫いた芸術観と、あまりにも掛け離れすぎていはしないか。 副題の「青年学生のために」の持つニュアンスに拘束されて、八一の激情は極力抑えられ、ソフトな表現になってしまったのではないか。 この文章の中で、彼の心情と信条を微かにでも感じることができる一文があるとすれば、これだ、 「生活そのものを楽しみ、その中に趣味を見いだし、時として他人のためにその楽しみを作り出す一種崇高な、厳粛な、真面目な、積極的な態度」 この随筆にあって、まさにこの一文だけが、孤高の人「会津八一」に最も近づき得たものと言えるかもしれない。 会津八一の生涯を紹介する記事で、自分が最も愛している書き出しから始まる文章を、ここに残しておこう。 《若いときのただ一度の失恋から生涯を独身で通した八一は、不羈·狷介であったゆえか、いとも険しい抵抗と反発の道をみずから選んでいる。 学問においても、歌や書の創作においても、つねに非正統をかざして、時流には否定的であった。 ただ、美に対する崇高なまでの憧れこそは、八一の生涯のテーマだった。 昭和31年秋、孤高の生涯をまっとうして、姪の蘭子に看取られて死んだ。 墓地は新潟市西堀通の瑞光寺。 弟子たちにより分骨された別墓は、東京都練馬区関町の法融寺にある。》 奈良の風光と美術をこよなく愛した八一は、「南京新唱」や「鹿鳴集」の絶唱や、「渾斎随筆」の文学的散文を生み出している。 また、書においても中国金石碑銘の該博な知識に基づき独自の境地を開く。 歌も書もその学殖に裏打ちされ、芸術と学問が渾然一体となっていた。
綜合大学の図書
そうごうだいがくのとしょ
初出:「夕刊ニイガタ」1948(昭和23)年5月25日
19双之川喜41さんの感想
八雲の 新大久保の 居宅には 仏語の 本が一室 英語と 日本語の本が一室 残されたけど 新潟の 新設なった 総合大学に 渡す 話である。 雪国の大学は 八雲に 相応しいと感じた。
綜合大学を迎へて
そうごうだいがくをむかえて
初出:「夕刊ニイガタ」1948(昭和23)年5月9日
日本政府、或いは地方行政府の構成員はこれを読んでいるだろうか?この時代に通ずる核心的一文を。
大学とその総長
だいがくとそのそうちょう
初出:「夕刊ニイガタ」1948(昭和23)年5月15日
少年少女におくる言葉
しょうねんしょうじょにおくることば
初出:「少年少女新潟日報」1952(昭和27)年1月13日
72466e3d14ecさんの感想
校長先生の話の台本のお手本のような内容でした。社説よりやや短いように思いますので、読みやすかったです。
一片の石
いっぺんのいし
初出:不明
いにしへのうたのいしぶみおしなでてかなしきまでにもののこほしき、と著者『山光集』所収「西ノ京、仏足堂(藥師寺)」の歌一首に通じるものと思う。ヘロドトスも屈強なアスリートの短命を詠嘆しているが、石塊の永続性ですら悠久の時間にスケールダウンすれば何となるかと、おおらかに捉えた心揉みほぐす一文ではないか。肝に命じようと思う。
菊の根分をしながら
きくのねわけをしながら
最近 トマトの不耕栽培も 注目されている。 手間隙かけないで 痛めつけるほど 甘く実る。 菊に 試してみたのは 凄い。 人生についても 暗示的だ。 よくない条件を ねじ伏せて 生き抜こうと思った。
支那の明器
しなのめいき
題意は 墓に入れる 副葬品である。 ある村では 一村あげて 偽物造りに 従事しており 模造品に 古色を着けるために 数年間 土中に埋めて 泥まみれにして 売り捌くとか。 審美眼に 自信が無いなら 手を出すなと言う。
拓本の話
たくほんのはなし
鐵道マニア いわゆる 撮り鐵の 一部の人は 無作法なので 顰蹙 (ひんしゅく)を かうことがあるときく。 柘本愛好家も あまりの狼藉(ろうぜき)に 今では 教育委員会の許可がないと 採れないところが 多くなってしまった。 私は 藤村や 島木のものを持っているけど 買ったものである。
学規
がくき