よだれ
初出:「太陽 第十五巻第一号」1909(明治42)年1月1日
書き出し
銀座の裏通りに、和洋何れともつかぬせゝこましい二階家がある。壁の柱も汚れて、外から見ると寢ぼけてゐるやうに見える。二階は通信社で、階下は鞄屋。鞄屋は小さいながら老舖で中々繁盛してゐる。通信社は創業まだ日淺く、萬事整頓しないが、活氣は充滿してゐる。社員凡て十數人。毎日十二時近くなると、細い谷のやうな所の危かしい階子段に、靴や下駄の音が騷々しく續く。その音の加減で、誰れだ彼れだと、給仕の耳にもちやんと…