かんちょうろうしまつき
書き出し
これは父鴎外が観潮楼を本郷区駒込千駄木町二十一番地、団子坂上に新築してから、その命を終る日までの大部分をここに過した記録を私の思い出す順序に書きとどめ、さらに父の死後私が台北帝国大学に赴任した留守に、二階建の楼が失火で焼け落ちたまでのことをつづったのを、彼の地の「台湾時報」という雑誌に寄稿したものであった。戦後私が帰国してから『父親としての森鴎外』と題する随筆集(昭和三十年四月、大雅書店)を出版す…