かもがわをあいして
書き出し
鴨川を愛して上賀茂のダムのあたりの河鹿のね老いには今やきこえすなりぬ私が京都にきたのは、欧州留学から帰った直後の明治四十二年五月でした。いまから、もう五十三年も前のことです。さっそく、京都大学教授として教壇に立つはずでしたが、当時は、いまと違って、大学だけは七月に学年が終わり、九月十日から新学年がはじまることになっていましたので、三学期は教壇に立たず、教授会に顔を出したり、新進の人たちと話し合った…