青空文庫

「春いくたび」の感想

春いくたび

はるいくたび

初出:「少女の友」実業之日本社、1940(昭和15)年4月号

書き出し

一霧のふかい早春のある朝、旅支度をした一人の少年が、高原の道をいそぎ足で里の方へと下って来た。……年は十八より多くはあるまい、意志の強そうな唇許と、睫のながい、瞠いたような眼を持っている、体はがっちりとしては見えるが、まだどこやら骨細なので腰に差した大小や、背に括りつけた旅嚢が重たげである。道は桑畑のあいだを緩い勾配で下って行く、桑の木はまだ裸であるが、もう間もなく芽をふくのだろう、水気を含んだ枝

2023/02/18

476f245bb25fさんの感想

幻想的小品といえる周五郎の筆力の魅力が、乾いてひび割れ変形した現代の日本語とは比較にならない程の精神的果汁がにじみ出ている。所詮世の中はウソ出できているのだから、幕末維新の端境期に果敢に戦った若き群像の一人として清水信之助のロマンとそれに慕う恋仲で出家後月心尼の真摯な生き方を描いたフィクションの力に見を預けても可也。春幾度、ウクライナにトルコ、シリアの大地震、軍拡に狂奔する大国、人類の危機が頭にちらつくこの季節、一斉に武器を捨てて、徒手空拳で文学の叡智にあやかりたい、そんなことを思いながら青空文庫に入れる労を頂いた方々に感謝したい。

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