しょや
初出:「週刊朝日春季増刊号」朝日新聞社、1954(昭和29)年3月
書き出し
一明和九年(十一月改元「安永」となる)二月中旬の或る日、——殿町にある脇屋代二郎の屋敷へ、除村久良馬が訪ねて来た。脇屋の家は七百石の老臣格で、代二郎は寄合肝煎を勤めている。除村は上士の下の番頭で、久良馬は「練志館」の師範を兼ねていた。彼は代二郎より三歳年長の二十九歳、筋肉質の緊った躯で、色が黒く、はっきりと濃い眉や、いつも一文字なりにひき結んでいる唇や、またたきをすることの少ない静かな眼つきなどで…
鍋焼きうどんさんの感想
武士のメンツで自害するより、生き長らえて目的を達成するまで辛抱する…。戦時思想への反省と民主主義への期待がこんな物語を書かせたのだろうか。トップが愚鈍だと悪い取り巻きが好き勝手する。