にんぎょのなげき
初出:「中央公論」1917(大正6)年 1月
書き出し
むかし/\、まだ愛親覚羅氏の王朝が、六月の牡丹のやうに栄え耀いて居た時分、支那の大都の南京に孟世※と云ふ、うら若い貴公子が住んで居ました。此の貴公子の父なる人は、一と頃北京の朝廷に仕へて、乾隆の帝のおん覚えめでたく、人の羨むやうな手柄を著はす代りには、人から擯斥されるやうな巨万の富をも拵へて、一人息子の世※が幼い折に、此の世を去つてしまひました。すると間もなく、貴公子の母なる人も父の跡を追うたので…