ちいさなおうこく
初出:「中外」1918(大正7)年8月号
書き出し
貝島昌吉がG県のM市の小学校へ転任したのは、今から二年ばかり前、ちょうど彼が三十六歳の時である。彼は純粋の江戸っ児で、生れは浅草の聖天町であるが、舊幕時代の漢学者であった父の遺伝を受けたものか、幼い頃から学問が好きであった為めに、とう/\一生を過ってしまった。———と、今ではそう思ってあきらめて居る。実際、なんぼ彼が世渡りの拙い男でも、学問で身を立てようなどゝしなかったら、———何処かの商店へ丁稚…