青空文庫

「私が張作霖を殺した」の感想

私が張作霖を殺した

わたしがちょうさくりんをころした

初出:「文藝春秋」文藝春秋、1954(昭和29)年12月号

平野零児22

書き出し

大正十五年三月、私は小倉聯隊附中佐から、黒田高級参謀の代りに関東軍に転出させられた。当時の関東軍司令官は白川義則大将であったが、参謀長も河田明治少将から支那通の斎藤恒少将に代った。そこで、久しぶりに満洲に来てみると、いまさらのごとく一驚した。張作霖が威を張ると同時に、一方、日支二十一カ条問題をめぐって、排日は到る処に行われ、全満に蔓っている。日本人の居住、商租権などの既得権すら有名無実に等しい。在

2024/12/25

真一さんの感想

 戦前日本の一大謀略事件である、張作霖爆殺事件。その犯行の全容を、首謀者である河本大作が、悪びれずに書き記していることに、驚きを禁じ得ない。  垣間見えるのは、日本の大陸権益を守るためなら、文字通り「何をやっても構わない」という思考形態だ。要人の暗殺。鉄道の爆破。偽情報の流布。人権や法律と無縁の武断政治を繰り広げた関東軍の凄まじさに、圧倒される。  あらためて、この時代の歴史を学ぶ重要性を痛感。同時に、こうした負の歴史を消し去ろうとする右翼の動きに、社会挙げて対抗する必要があると、強く思った。   

2019/07/23

ハルチロさんの感想

戦後、文藝春秋に掲載された告白手記です。張作霖爆殺事件ーー満州某重大事件ーーの首謀者である河本大佐自身が著された作品ですから、本作品の内容が、本事件に至った真実でありましょう。著者の河本大佐は、旧陸軍士官学校卒で陸軍参謀でありましたから、対支、対露諜報に詳しかったことと思います。今や歴史の教科書に掲載される日本の転機となる事件の当事者による告白文なので、当時の状況、背景、時間経過がよくわかります。

1 / 0