うしろたてやまはかしまやりがたけにあらざるか
初出:「山岳」1917(大正6)年9月
書き出し
後立山という名は、黒部川の峡谷を隔てて立山の東に連亙している信越国境山脈中の一峰として、夙くから地誌地図等に記載され、一個の山体として取り扱われていたらしいにも拘わらず、元来が越中の称呼であって、此方面からの登山は、甚しく困難でもあり且つ危険でもあるから、偶に入込む猟師などの外は登山者絶無という有様であったと想われる。その為にどの山がそれであるかを判定するに充分なる証拠となる可き資料が残っていない…