かがりびのおんな
初出:「キング」大日本雄辯會講談社、1935(昭和10)年8月
書き出し
朱い横笛箱根山脈の駒や足高や乙女には、まだ雪の襞が白く走っていた。そこから研ぎ颪されて来る風は春とも思えない針の冷たさを含んでいる。然し、伊豆の海の暖潮を抱いている山陰や、侍小路の土塀のうえには、柑橘の実が真っ黄いろに熟れていて、やはりここは赤城や榛名の吹きおろしに曝されている上州平野よりは、遙かに気候にめぐまれているなと、石田大七は何事につけてもすぐ自分の国土と比較して考えずにいられないのであっ…