かみのけ
初出:「面白倶楽部」大日本雄辯會講談社、1926(大正15)年9月
書き出し
或朝、井口君は出勤の支度にかゝった時、ズボンが見当らなかったので、白シャツのまゝ、「おい/\」と細君を呼んだ。「はあ」「ズボン/\」「あら、私、忘れていました」と細君の文子さんは次の間からズボンを提げて来て、「ポケットに穴が明いていましたから、繕って置きましたの」と弁解しながら差出した。「然う/\。右の方だったね」と井口君は、こんなことに一々お礼を言う時期はもう過ぎていた。寧ろ有るべきところになか…