ぶんしょうのおんりつ
初出:「明治評論 第十二巻第五号」明治評論社、1909(明治42)年5月1日
書き出し
近來の小説の文章は、餘程蕪雜になつたやうに考へられる、思想が大切であるのは言ふまでも無いが、粗笨な文章では思想が何んなに立派でも、讀者に通じはしまい、感じはしまいと思ふ。就中近頃の小説の文章に、音律といふことが忽にされて居る、何うして忽せ處ではない、頭から文章の音律などは注意もしてゐないやうに思ふ。予が文章の音律と云ふのは、何も五七調とか七語調とか、馬琴流の文章や淨瑠璃の文章のやうなのをいふのでは…
19双之川喜41さんの感想
「文章には 耳に聞かす注意が なければ いけない」と 鏡花は 立論する。無学の者でも 文章を 聞いて その文の 趣を 捉えることの 出来るように 書くのが 文であるとする。なるほどなと 感じた。