青空文庫

「治郎吉格子」の感想

治郎吉格子

じろきちこうし

初出:「週刊朝日 秋季特別号」1931(昭和6)年10月1日

吉川英治54

書き出し

立つ秋湯槽のなかに眼を閉じていても、世間のうごきはおよそわかる——。ふた月も病人を装って辛抱していたこの有馬の湯治場から、世間の陽あたりへ歩き出せば、すぐにあしのつくというくらいな寸法は、なにも、気がつかずに立った治郎吉ではなかった。素袷の肌ごこちや、女あそびを思わせる初秋の風は、やたらに、治郎吉を退屈の殻から唆った。——で、無性に、あぶない世間が恋しくなって、有馬の槌屋を立ったのが七十日ぶりの爽

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