ねんぶつのいえ
書き出し
一私の家の祖先は、越中の国水橋といふ小さな漁村の生れであつた。「有磯の海」といふのである。枕の草紙に、「渡りはしかすがの渡、こりずまの渡、みづはしの渡」とある。その水橋である。文治二年正月末、源義経主従十七人が山伏の姿となつて奥州へ落去の途次、京都堀川を忍び出て、越前に入り、安宅の関をすぎ、倶利伽羅峠をこえて、越中に入り、水橋川を渡つた——といふ史話がある。鎌倉時代、富山城より二十四年おくれて、小…