青空文庫

「最後の大杉」の感想

最後の大杉

さいごのおおすぎ

初出:「読売新聞」1923(大正12)年10月2日~6日、8日

内田魯庵33

書き出し

一大杉とは親友という関係じゃない。が、最後の一と月を同じ番地で暮したのは何かの因縁であろう。大杉が初めて来たのは赤旗事件の監房生活から出獄して間もなくだった。淀橋へ移転してから家が近くなったので頻繁に来た。思想上の話もしたし、社会主義の話もしたが、肝胆相照らしたというわけでもないから多くは文壇や世間の噂ばなしだった。大杉は興味がかなり広くて話題にも富んでいた。近年ファーブルのものを頻りに飜訳してい

2021/03/14

19双之川喜41さんの感想

 内田の家に  大杉の 子供達も  頻繁に 遊びに来ていたらしい。 大杉が虐殺されて  娘の魔子は「 叔父さん パパと ママは 死んじゃったの」 と告げていたと言う。 未だに  世界を見れば 酷い殺し方は 行われているけど  日本でも 暗い歴史は あったかと思うと  感無量であると感じた。

1 / 0