青空文庫

「霰ふる」の感想

霰ふる

あられふる

初出:「太陽」1912(大正元)年11月号

鏡花28

書き出し

一若いのと、少し年の上なると……この二人の婦人は、民也のためには宿世からの縁と見える。ふとした時、思いも懸けない処へ、夢のように姿を露わす——ここで、夢のように、と云うものの、実際はそれが夢だった事もないではない。けれども、夢の方は、また……と思うだけで、取り留めもなく、すぐに陽炎の乱るる如く、記憶の裡から乱れて行く。しかし目前、歴然とその二人を見たのは、何時になっても忘れぬ。峰を視めて、山の端に

2021/11/28

19双之川喜41さんの感想

 「なつかしい人を思えば降積る霰も、白菊。」地の文は長く 五行にわたることもある。 夢と現をないまぜて 追慕を巧みに書き込むと感じた。

2015/11/29

126e1810859aさんの感想

空に薬研(やげん)のようなひびが入ったという表現で、どのような何を想像すればいいのか分からない。作者はどんな様子を想像してたんだ?ただの色の表現だったとして、画像検索したら、鉄の黒いものを2つばかり見ることが出来た。そらに黒いひび?元々青空か、曇り空かも分からなくなってきた。画像検索したら、案外複雑な形だったし。細長い10cmx10cmx30cm位の白い陶製(薬をすりつぶすお椀と棒にあるような)の直方体に、細長い溝があるものを想像していただけに、残念。霰が降るのだから曇り空だったとして、その雲は低く、さっとひびが入るという表現だから、ひびはすぐ現れてすぐ消えて、ひびの見た目はギザギザではなくて、一筋の帯のようなものだったのかもしれない。その帯が人の目か、口のような 、両端が細くなり閉じられた、楕円に近い、二本の曲線で囲まれた形を想像してしまうのは、薬研の溝の形をかってにそのような形だと想像してしまっているからだろう。 二人の女性を見ただけで、その二人の関係や生い立ちを想像した民也が大粒の涙を流したという表現か? 雨が降るとその雨の元になっている雲が、下の方から無くなっていく、と聞いたことがある。霰も雲の一部だったとすると、ひびという表現で表された部分が、雲から霰に変化して、降ってくるのか?それも一瞬で雲から霰に変化するのだろうか?気象予報士にでも聞けば分かるだろうか? 二人が部屋で話している内容が、空想の話しから現在の話しからあっちこっち変わっているような気がした。 作者は小さい頃に母を亡くしたと聞いたことがあるので、民也と作者は似ているかもしれないと思った。 雷とか車軸とか奈落とかは、文明が滅ぶとかそういう想像の表現かと思ったけれど、寂しさなどの表れなのかとも思った。

1 / 0