ノンシャラン道中記
ノンシャランどうちゅうき
07 アルプスの潜水夫 ――モンブラン登山の巻
07 アルプスのせんすいふ ――モンブランとざんのまき
初出:「新青年」1934(昭和9)年7月号
久生十蘭約38分
書き出し
一、鼻には鼻、耳には耳——現品取引。エークス鉱泉駅に約十分滞留したのち、汽車はブウルジェの湖畔の、水陸間一髪という際どいところを走っている。車窓に蘆の葉がなびき、底石の青苔や、御遊泳中の魚族の鱗のいろも手にとるように見える。対岸、オオト・コムブの鬱蒼たる樅の林は、そのまま水に姿を映し、湖上の小舟は、いまやその林中に漕ぎいるのである。汽車は水に浮び、舟は山に登る、この意外な環境に恐悦してしきりに喝采…
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