ちちのおもかげ
初出:「釣りの本」改造社、1938(昭和13)年
書き出し
手もとは、まだ暗い。父は、池の岸に腹這いになって、水底の藻草を叉手で掻きまわしている。餌にする藻蝦を採っているのである。藻の間を掬った叉手を、父が丘へほおりあげると、私は網の中から小蝦を拾った。藻と芥に濡れたなかに、小さな灰色の蝦がピンピン跳ねている。母は、かまどの下で火を焚きはじめたらしい。池のあたりまで薪のはねる音が聞こえてくる。昧暗から暁へ移った庭へ、雄鶏が先へ飛び降りて、ククと雌鶏を呼んだ…