このはやまめ
初出:「釣趣戯書」三省堂、1942(昭和17)年
書き出し
奥山へは、秋の訪れが早い。都会では、セルの単衣の肌ざわりに、爽涼を楽しむというのに、山の村では、稗を刈り粟の庭仕事も次第に忙しくなってくる。栗拾いの子供らが、分け行く山路の草には、もう水霜が降りて竜胆の葉がうなだれる。渓流の波頭に騒ぐ北風も、一日ごとに荒らだってくる。そして波間に漂う落葉の色を見ると、奥の嶺々を飾っていた紅葉は、そろそろ散り始めて山肌をあらわに薄寒く、隣の谷まで忍び寄ってきた冬に慄…