青空文庫

「砂をかむ」の感想

砂をかむ

すなをかむ

初出:「風報 第二巻第三号」1955(昭和30)年3月1日

書き出し

砂をかむ坂口安吾五十ちかい年になってはじめて子ができるというのは戸惑うものである。できるべくしてできたというのと感じがちがって、ありうべからざることが起ったような気持の方が強いものだ。大そうてれくさい。お子さんは近ごろ、なぞと人に云われると、それだけでてれたりしてしまう。そんなわけで、自分を子供になんと呼ばせるかということでは苦労した。お父さん、というのはてれくさくていけない。子供にお父さんなぞと

2022/06/13

496b7f29770aさんの感想

「パパ」や「ママ」呼びは今でこそ浸透し、当たり前のように幼児に呼ばせてはいるが、昔はそう簡単に慣れるものでもなかったのだと気付かされる(個人差はあるだろうが)。 「パパママ」と両方呼べば、確かな正解が含まれており、間違いはなく、相手次第で正解がわかる。安吾先生のお子さんの自信ありげなお顔が微笑ましく、賢い呼び方に唸ってしまった。 『砂をかむような味』には、はじめての子どもに対しての照れくささと戸惑いが入り交じる「パパ」の苦悩が、ちらりと垣間見える。

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