青空文庫

「興津弥五右衛門の遺書」の感想

興津弥五右衛門の遺書

おきつやごえもんのいしょ

初出:「中央公論」1912(大正元)年10月

鴎外25

書き出し

某儀明日年来の宿望相達し候て、妙解院殿(松向寺殿)御墓前において首尾よく切腹いたし候事と相成り候。しかれば子孫のため事の顛末書き残しおきたく、京都なる弟又次郎宅において筆を取り候。某祖父は興津右兵衛景通と申候。永正十一(十七)年駿河国興津に生れ、今川治部大輔殿に仕え、同国清見が関に住居いたし候。永禄三年五月二十日今川殿陣亡遊ばされ候時、景通も御供いたし候。年齢四十一歳に候。法名は千山宗及居士と申候

2019/10/24

19双之川喜41さんの感想

 数十年前の 本人だけが気にしている理由で 自死するという 筋立ては 文豪たちの お気に入りで 手を変え 品を変えて ネタ元となる。 感銘を 受けるのは 難しいかなと感じた。

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