ひかりあういのち
初出:「いのち」1937(昭和12)年2月号から連載
書き出し
幼きころ1幼きいのちは他者の手にある。もし愛する者が用意されてなかったら、自分のいのちの記憶もなく、死んでしまうよりない。今日生きながらえている者は必ず愛されて育てられて来たのである。我々は生れた時のことを記憶していない。愛の手は、そして乳房は自分が知らぬのに待ち設けられてあった。人間のいのちの受け身の考え方の優先権、自主的生活の不徹底性がここに根ざしている。私の記憶はおぼろでそしてちぎれちぎれだ…