青空文庫

「蝱の囁き」の感想

蝱の囁き

あぶのささやき

――肺病の唄――

――はいびょうのうた――

初出:「探偵文学」1936(昭和11)年7月

郁二郎34
季節の移ろい病中苦悩療養生活内省的静謐

書き出し

一、暁方は森の匂いがする六月の爽やかな暁風が、私の微動もしない頬を撫た。私はサッキから眼を覚ましているのである。この湘南の「海浜サナトリウム」の全景は、しずしずと今、初夏の光芒の中に、露出されようとしている。耳を、ジーッと澄ましても、何んの音もしない。向うの崖に亭々と聳える松の枝は、無言でゆれている。黄ばんだ白絹のカーテンはまるで立登るけむりか海草のように、ゆったりと、これまた音もなく朝風と戯れて

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