青空文庫

「尾崎紅葉」の作品

尾崎紅葉

おざきこうよう

生年:1868-01-10没年:1903-10-30

江戸生まれ。帝国大学国文科中退。1885年(明治18年)、山田美妙らと硯友社を設立し「我楽多文庫」を発刊。『二人比丘尼 色懺悔』で認められ、『伽羅枕』『多情多恨』などを書き、幸田露伴と並称され(紅露時代)、明治期の文壇に重きをなした。1897年(明治30年)から『金色夜叉』を書いたが、未完のまま没した。泉鏡花、田山花袋、小栗風葉、柳川春葉、徳田秋声など、優れた門下生がいる。 俳人としても角田竹冷らとともに秋声会を興し、正岡子規と並んで新派と称された。

via: ウィキペディア

明治

文学者小説家俳人硯友社明治文学新派口語体文語体泉鏡花幸田露伴

尾崎紅葉(本名徳太郎、1868年1月10日-1903年10月30日)は明治期の小説家・俳人である。帝国大学国文科を中退し、1885年に硯友社を結成して『我楽多文庫』を発行。代表作として『二人比丘尼色懺悔』『伽羅枕』『多情多恨』『金色夜叉』などが挙げられ、口語体と文語体の対比で新しい小説様式を確立した。また、泉鏡花や幸田露伴など後進の育成にも尽力し、明治文学界に大きな影響を与えた。

代表作

鬼桃太郎

おにももたろう

初出:「鬼桃太郎」幼年文學叢書、博文館、1891(明治24)年10月11日

14
2024/10/18

小猿さんの感想

面白いと思ったが 結末が 簡単すぎ

鬼桃太郎

おにももたろう

初出:「鬼桃太郎」幼年文學叢書、博文館、1891(明治24)年10月11日

20
2019/01/13

2be39b90f4e6さんの感想

読みづらいかなと思っていたが予想外に読みやすく、面白かった。 鬼桃太郎という名のギャグ小説。

金色夜叉

こんじきやしゃ

初出:「読売新聞」1897(明治30)年1月1日~1902(明治35)年5月11日

858
2018/03/21

a422e5b0f776さんの感想

 言葉づかいや言い回しなど難しかったです。反面、勉強になりますが。いつの時代も、人の心を雑に扱ってはいけないなと、痛感しました。

硯友社の沿革

けんゆうしゃのえんかく

初出:「新小説 第6年第1巻」1901(明治34)年1月1日

55
2022/05/04

cdd6f53e9284さんの感想

かなり以前、ある文学館で「東京ゆかりの文学者たち·明治編 」なるテーマの展示会が開かれたので見にいった。 そこで貰ったパンフレットに硯友社についての解説が、ほんの数行掲載されていたのだが、その要を得た見事な文章に感心して、思わず当日の日記にその全文を筆写しておいたので、幸い現在でも読むことができる。 たぶん、そのパンフレットには、文の末尾にでも執筆者名が記されていたと思うのだが、迂闊なことに書き漏らした。 まずはその見事な解説を御堪能あれ。 ❮尾崎紅葉の「多情多恨」1896は、死んだ妻のことを思って泣いてばかりいる男の話である。 田山花袋の「蒲団」1907は去っていった女弟子の蒲団の匂いを嗅いで泣く男の話である。 男泣きの物語という点ではよく似ているが、前者は泣く男を作者が面白がり、後者は泣く男に同化して作者も涙ぐむ。 紅葉は批評的であり、花袋は叙情的であった。 ところが紅葉は前近代の文学の掉尾を飾る人であり、花袋は近代文学の出発の合図を出した人である。 とすると何か話が逆みたいな気がしないか。 でも、変は変だが、これがわが文学史の実体だった。 硯友社は自然主義より、ずっと知的だったのである。❯ 筆写しているうちに、文章の運びから、なんとなく執筆者の見当がついてきた、あの人だ。 さて、分かるかな?

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