青空文庫

「穂高岳屏風岩にて」の感想

穂高岳屏風岩にて

ほたかだけびょうぶいわにて

初出:「岳人 二六五号」東京新聞出版局、1969(昭和44)年7月

書き出し

穂高岳屏風岩にて早川鮎子月が岩かげを作った。横尾の河原にポツンと火がともった。多分、Sたちのたく火であろう。ここは屏風岩緑ルートにある通称一坪テラスの一角である。仲間はH山岳会のN。きょう二人がマキ小舎を出たのは熟しきった夏が河原をムンムンとさせている頃だった。私にしては大きい登攀かもしれないのに、寝すごしてしまう自分になにか中途半端なものうさを身体全体で感じていた。T4で大スラブルートへゆくとい

2025/08/09

時間旅行者さんの感想

山に魅せられた魂と情念とを感じながら読んだ もしこの方が生きていたら 田部井淳子氏のように名を知られた女性クライマーになったことだろう 本名 佐宗ルミエ 1965年 田部井とのペアで 谷川岳一ノ倉沢積雪期登攀に成功 1967年 谷川岳一ノ倉沢にて死去 享年36 青空文庫にはこんな出会いがあるから驚かされる

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