たくぼくとデカルトめいだい
書き出し
最近、或る啄木展で、啄木がデカルト命題に魅せられている書簡を見て、私は青春の啄木を見る気がした。日付は明治三十九年の一月十八日、二十一歳の年の冬である。そこには、次のようなことが書かれていた。「我考ふ、故に我在り」というデカルトの提言は意味が深い、人間のもつどんな確信だって、つまりは「我の存在」の自覚に伴われないものはないではないか、『聖書』も読み、『法華経』も読んで考えたけど、自分はどうにも「動…
19双之川喜41さんの感想
深さの 確実さが 存在において認められることが 命題であると 解きほぐす。 啄木は 愛人を 自分の第二の存在と 書簡で言う。 故に たぎる情感の中に 見出だすと 断じる。 そうなのか。