あいは、ちからはつちより
書き出し
M市の一隅にある城山の小高い丘を今私は下りて来た。初夏の陽はもう落ち尽して、たゞその余光が嶮しい連山の頂を、その雪の峯を薄紫に照してゐた。眼の下の街々は僅かに全体の輪郭だけを残して、次第々々に灰色の空気につゝまれて行つた。妙に心の落着く夕暮であつた。私は徐かに足を運んだ。別に行き逢ふ人もないのに、殊更迂路をして、白い野薔薇のところ/″\咲いてゐる小径を択つて歩いた。『別に急ぐことはない。急いだつて…