青空文庫

「わが母を語る」の感想

わが母を語る

わがははをかたる

初出:「婦人朝日」1949(昭和24)年8月

上村松園10

書き出し

竹を割ったような性格私の母は、一口にいうと男勝りな、しっかり者でしたな。私は母の二十六歳の時生まれ、四つ年上の姉が一人だけありました。私の生まれたのは、明治八年四月二十三日、私の父が死んだのが同じ年の二月。つまり母は、主人を失ってから私を生んだわけです。父は四条御幸町に店を構え、茶舗を創めたばかりのところでした。そんな時に、父が亡くなったのですから、親類、母屋の人々は「二十六歳の若さで子供二人抱え

2022/02/23

19双之川喜41さんの感想

 母親は  亡父の作った 茶舗を 引き継いでおり 当時  茶トンビ と呼ばれていた  茶のブローカーに 良いようにされないように 茶の飲みわけには  仲々  たけていたようである。 生粋の京の街娘であり  もったいない精神の  先駆けともいえよう とも感じた。

2021/10/27

こばいさんの感想

いい母だったという思い出話。そこまでの人そうそういないだろうが。

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