瘠我慢の説
やせがまんのせつ
04 瘠我慢の説に対する評論について
04 やせがまんのせつにたいするひょうろんについて
初出:「明治十年丁丑公論・瘠我慢の説」時事新報社、1901(明治34)年5月2日
石河幹明約40分
書き出し
一月一日の時事新報に瘠我慢の説を公にするや、同十三日の国民新聞にこれに対する評論を掲げたり。先生その大意を人より聞き余に謂て曰く、兼てより幕末外交の顛末を記載せんとして志を果さず、今評論の誤謬を正す為めその一端を語る可しとて、当時の事情を説くこと頗る詳なり。余すなわちその事実に拠り一文を草し、碩果生の名を以てこれを同二十五日の時事新報に掲載せり。実に先生発病の当日なり。本文と関係あるを以て茲に附記…
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