わたしのかつどうしゃしんぼうかんし
書き出し
明治三十九年の秋だつたと思う。当時七歳の私は父に連れられて神戸港新開地の掛小屋で活動写真に見いつていた。天幕のすきまからはいつてくる風にあおられて波のようにうねる映写幕には日露戦争の実況(?)が写つていた。我々は観客席(といつてもそこは材木と布でしきられた何坪かのじめじめした地面にすぎないのであるが)に立つて押しあいながら見ていた。もちろん私のような子供は一番前まで出て行かぬことには画面を見ること…
19双之川喜41さんの感想
東京でみる映画は 明るく 傷も付いていなかったとあるけど かすかな記憶によると 自転車に乗った若者が 映画フィルムを荷台にくくりつけ 配達のため あちらこちらの映画館を 走り回っていたような気がする。