青空文庫

「兵馬倥偬の人」の感想

兵馬倥偬の人

へいばこうそうのひと

初出:「文章世界 第四巻第一一号」博文館、1909(明治42)年8月

回顧的歴史的人物の描写歴史的背景厳粛懐古

書き出し

私は舊幕府の家來で、十七の時に京都二條の城(今の離宮)の定番といふものになつて行つた。江戸を立つたのが、元治元年の九月で、例の蛤御門の戰のあつてから二個月後の事である。一體私は親子の縁が薄かつたと見えて、その十七の時に兩親に別れてからは、片親と一緒に居る時はあつたが、兩親と一緒に居ることは殆んどなかつた。誠に私が非常な窮迫の折に死んだ母親の事などを考へると、今でも情けない涙が出る。其中に將軍家の長

2019/11/03

19双之川喜41さんの感想

 江戸城明け渡しの時は 御蔵の金は 今でいう三百六十萬円しか無かったので 二宮金次郎などと蕎麦▫玉蜀黍を常食にできないか 話し合ったりしたという。 塚原の文章は 幕末維新の頃の 文材の宝庫かもしれないと感じた。

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