青空文庫

「文士としての兆民先生」の感想

文士としての兆民先生

ぶんしとしてのちょうみんせんせい

文壇交友歴史的背景芸術家描写分析的厳粛回顧的

書き出し

一官吏、教師、商人としての兆民先生は、必ずしも企及すべからざる者ではない。議員、新聞記者としての兆民先生も、亦世間其匹を見出すことも出来るであろう。唯り文士としての兆民先生其人に至っては、実に明治当代の最も偉大なるものと言わねばならぬ。先生、姓は中江、名は篤介、兆民は其号、弘化四年土佐高知に生れ、明治三十五年、五十五歳を以て東京に歿した。二先生の文は殆ど神品であった。鬼工であった、予は先生の遺稿に

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