青空文庫

「野球時代」の感想

野球時代

やきゅうじだい

寺田寅彦11
少年の日常文明開化時代的背景郷愁叙情的回顧的懐古

書き出し

明治二十年代の事である。今この思い出を書こうとしている老学生のまだ紅顔の少年であったころの話である。太平洋からまともにはげしい潮風の吹きつけるある南国の中学にレコードをとどめた有名なストライキのあらしのあった末に英国仕込みでしかも豪傑はだの新しい校長が卒業したての新学士の新職員五六人を従えて赴任すると同時にかび臭いこの田舎の中学に急に新しい文化の風が吹き込んで来た。その新文化の最も目ざましい表象と

2024/08/13

8eb05d040692さんの感想

終わりのほうはちょっと話が難しくなる

2024/02/23

1348e9861961さんの感想

この作品にはユーモラスさがあり、いまだに読み続けられている、まさに彼ならではだ。

2019/11/05

19双之川喜41さんの感想

 襤褸(ぼろ)切れ 丸めて 野球ボール 雑巾敷いて 塁とする。 バット代わりの 木の枝で 巧く ボールに 当てても もとより 芯なるものがないから ゆらゆらと とんでいく。 寅彦は 創成期の 野球狂で 軌道計算をしてたかもしれないと感じた。

2016/05/31

芦屋のまーちゃんさんの感想

野球放送を聞くことは現代に生きる事の一つの要件である、と述べている。 ブームはいつの時代にも存在するものだ。自分だけが取り残された感覚、時代に乗り遅れた感覚、ファッションセンスのない自分への失望。 マジョリティとマイノリティに区分するなら、流行はマジョリティ内で自然と解放されている。こんにちのマジョリティはスマートフォンを持っている。老若男女である。 私ですら、電車で指でディスプレイをスクロールしてしまう。もはやインターネットを知らなければ、就職もできない時代である。そうなるとブームとかファッションではなく、生活の一部だ! 憲法§25条は生存権を保障している。 最低限度の文化的な生活?の中に、野球は無理でも、インターネットの利用はもはや含まれるのではなかろうか?

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