青空文庫

「三上義夫」の作品

三上義夫

みかみよしお

生年:1875-02-16没年:1950-12-31

文化史上より見たる日本の数学

ぶんかしじょうよりみたるにっぽんのすうがく

初出:「哲学雑誌 第三十七巻第四二一―四二六号」1922(大正11)年3月~8月

135
2017/07/21

b9ef941530ccさんの感想

三上義夫の文化史上より見たる日本の数学は、日本人は感情的で、論理的でない。和算は芸術性があるが、理論的に考えない。問題を解く術に拘り、解法の証明はない。和算はシナの数学から来ているので、代数学的である。しかし、シナのものを改良して、図形や絵をよく用いて解いて、楽しんでいた。和算はそもそも遊食階級の武士たちによって高められたが、あくまでも楽しみで、科学的論理的でない。江戸が和算の中心地だった。ギリシアは幾何学的で、インドは代数学的と言われるが、和算に幾何学は全く無かった訳ではない。図や絵が豊富なのも幾何学的考えの助けにはなっていただろう。明治維新以後、和算は廃れて西洋の数学がとって替わり、実用学科の物理化学が発達した。日本でには数学の才能はあるが、明治の時代の要請で、実用学科が進み、数学は発達は取り残されたのはしかたない。総じて独自に発展した和算は欠点間違いは多かったが、日本の数学である。

芸術と数学及び科学

げいじゅつとすうがくおよびかがく

初出:「数学史叢話 第二十一章―二十二章」輓近初等数学講座、共立社、1929(昭和4)年

51
2017/07/13

b9ef941530ccさんの感想

三上義夫の芸術と数学及び科学は、芸術が発展成熟してこそ、数学や科学の発展がある。日本はシナやインドからいろいろなものを学んだが、学ところ以上に発達し成熟させた。日本の仏教芸術は本家インドやシナを凌駕している。エンタシスはギリシア発祥だが、日本でのみ伝播した。シナやインドその他地域では見られない。ギリシアは芸術が先ず発展成熟して後に数学や科学が発展した。三上義夫にすれば、古代ローマはギリシアの亜流のみならず、何ら発展進歩もなかったと。日本は芸術が伝播して吸収し発展して、更なる発展進歩をしたもの。

数学史の研究に就きて

すうがくしのけんきゅうにつきて

初出:「飽薇 第七巻第一―三号」1931(昭和6)年

20
2017/07/12

b9ef941530ccさんの感想

三上義夫の数学史の研究に就きては、戦前のシナ数学者研究の中核人物である。私が学生の頃、ニーダムの中国科学史の大著に触れて、シナ数学についての日本人研究者の代表格が京都大学理学部教授の藪内清だった。あれこれ関連書物を読みあさっているうちにたどり着いたらのが三上義夫の日本数学史であった。数十年の歳月を経て、久しぶりに三上義夫の文章を読んだが、青空文庫は平成時代の現代口語文で書き下ろしている。読みやすい。

和算の社会的・芸術的特性について

わさんのしゃかいてき・げいじゅつてきとくせいについて

初出:「社会学 第三号」1932(昭和7)年

37
2020/12/31

19双之川喜41さんの感想

 遊歴算家なる者が 地方を巡回し  和算の 普及に 力 があったという記述は  特に 興味を惹かれる。 何やら  俳諧における 吟行をも 思い起こさせ 著者の 力説する 芸術的な 特性が 共通して 重要な意味を持つことは  主張の 深さを 思い知らされることになる。 日本人の 教養の深さの 遠い原因は こんなところにも あるのかもしれないと感じた。

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